素敵な言葉

Youth is, after all, just a moment, but it is THE moment, the spark, that you always carry in your heart.

 最近思うのですが、綾花が幼かった頃の思い出、リンゴ狩りで、リンゴをぱくりぱくりと食べた事とか、グアムの海で、「なみー、なみー」と大喜びした事とか、私たち夫婦にとっては、とても大切な思い出だけど、張本人は、そんなことすっかり忘れている。共に貴重な体験をしても、子供自身の記憶には、ひとかけらもないと言う事は、なんだかちょっと寂しい。でも、そういう経験は、覚えていなくとも、確実に、綾花の人生の一部を形成しているはず、と信じるしかない。 

 そんな折、出会った、この言葉。残念な事に、表現力の乏しい私の日本語では、この言葉の意味を100%現す事は、出来ません。 しかし、私也の見解では、一瞬の間に過ぎてしまう若かりし頃の時間であるけど、その、一瞬一瞬の積み重ねが、彼女の人生の基盤になっている、って言う事。 この積み重ねが、充実したものであればあるほど、その上に成り立つ今後の人生も、充実したものになるだろう。と、そう信じて、毎日、毎日を楽しく生きてゆきたいものです。たとえ、それが記憶に残らなかったとしても。

Showing Off

 外国に長い事暮らしていると、その国の言葉を、いったん母国語に変えなくても、感覚で理解できるというものがかなり多くなってくる。時のは、文化、習慣の違いから、直訳出来得ないものもある。 

 さてさて、本日の Showing Off も、私的には、感覚的に受け入れてしまって、日本語での訳というものを考えた事がない。 この言葉は、ここ1年、我が家でよく使っている言葉だ。使われる場面としては、綾花の行きつけの公園が、ほぼ85%を占める。 綾花には、徒歩、または、自転車で行ける公園が2カ所あり、この夏は、毎晩夕食後に、家族で出かけている。昨年のクリスマスに、サンタさんから頂いた、自転車に乗るのがお気に入りの綾花は、ちょっと遠くの、小学校の校庭にある ’スクールパーク’(綾花命名)にいくのが、最近のお気に入りだ。ここには、綾花と同い年の、Mちゃんという子供が常に遊んでいる。彼女は、5歳の割に、体も大きく、運動神経は、抜群。公園の向かいに住んでいるだけあって、ここの公園の遊具のほとんどは、こなせるのだ。
 さて、この公園での、綾花の儀式と言えば、まずは、ロッククライミング。そして、鉄棒。最後がモンキーバー。昨年まで夢中になっていたジャングルジムや滑り台などは、子供のするものだと言って、ほとんど遊ばない。ところが、ここのモンキーバー(はしごを横にしたようなもので、ぶら下がりながら、前に進んでいくもの)、高い位置についているのと、カーブになっている事もあり、綾花にとっては、難関中の難関。トニーに体を支えてもらって出来るのがやっと。そんなおり、Mちゃんが、わざと横入りして来て、さささっと、こなしてしまう。まさに、Mちゃん Showing Off するのである。(見せびらかす?って感じかな) 当初は、このMちゃんの Showing Off に非常に腹を立てる綾花であったけど、Mちゃんのヤジをバネに粘っている綾花の姿を見てか、Mちゃんも、綾花にアドバイスをしてくれる様になった。「上を見なきゃダメよ!下を見てたら、怖くなるでしょう。」 腹を立てながらも、Mちゃんのアドバイスをそれとなく導入する綾花。 それでもまだ出来ないので、「Mちゃんのアドバイスは、当てにならない!」などと言い返したりもしている。

 さて、さて、子供の世界では、Showing Off というのは、常にまとわりついているものだ。最近では、綾花の自転車に対抗して、Mちゃんも、公園から、道を挟んだ向こうの家に住んでいるにも関わらず、立派な自転車でやってくる。2人して、学校の校庭内でレースを始めるのだが、このレースに加わりたいと、他の子供達が、親に、「私の自転車持って来て!」という声がちらほら聞こえてくる。そうなると、綾花とMちゃんは、2人して、ほかの子供への、自転車の Showing Off が始まるのだ。 「私たちは、自転車持っているから、レースが出来るのよ〜」とか。 モンキーバーでは、憎きライバルだったMちゃんがいつの間にか、仲間になっているではないか!

 もうひとつ、Showing Off と言えば、我が家のブレイデイも、これまた Showing Offする犬だ。ご存知の通り、私は、昨年10月にブレイデイを引き取ってから、毎朝、毎晩、40分の散歩をこなしている。この9ヶ月の苦労あってか、ブレイデイは、大抵、綱を引く事もなく、私の横を歩いている。当初は、他の犬をみたり、犬に吠えられると、興奮して吠え返す癖があったものの、これも大分減って来た。それでも、相手によっては、興奮が押さえきれない事もあり、これは、まだ完璧とは、言いがたい。 
 ところで、ブレイデイの Showing Off は、お行儀の悪い犬に対して行われる。散歩の途中に出くわした、わんわん、きゃんきゃん捲し立ててくる犬に対しては、見ぬ振りをして、気取りながら通り過ぎるのだ。すると、その犬のオーナーが、「おお、よくしつけられている犬だ!」と感心する。先日は、「あの犬は、ショードッグじゃないかしら?」などと言われ、ブレイデイは、ますますいい気になったそぶりだった。 しかし、相手が、自分よりお利口さんそうな犬だと、逆に興奮して、「おいおい、何気取ってんだよ」みたいな感じで、捲し立てるのである。ブレイデイは、相手が自分より行儀が悪いと見極めると、Showing Off する犬なのだ。これって、’見栄っ張り’と訳してもいいかもしれない。
 

Soapboxを使う英語の表現

 昨日の Soapbox Derby に ちなんで、今日は、Soapbox という言葉を使った英語表現を紹介します。(トニーが教えてくれました。)
  
 まず、復習ですが、Soapboxとは、昔、商品としての、大量の石けんを運ぶ時に使われた、木箱でしたねえ。この木箱、子供が一人、すっぽり入るサイズだった事から、Soapboxカーなるものが作られ、スピードを競う様になった事から、Soapbox Derbyが、始まったわけですが、Soapbox は、他にも、こんな使われ方がありました。村の集会などで、意見を述べる人が、大衆の注目を得るため、Soapbox に上がって演説したりだとか。 で、この習慣は、今では、木製のSoapbox の消滅やら、マイクなど便利商品のため、なくなってしまったのでしょうが、こんな英語表現の中に残されています。 まず、何か主張したい意見を述べる前に、
Let me get on the soapbox.(ちょっと、私に、木箱の上に上らせてくれ!)と、いう前置きに、こんな表現を聞く事が多いとか。 また、自分の述べたかった意見を言い終わったら、
Now I am getting off the soapbox. (それでは、木箱から降りましょう!)といって、意見の主張をおしまいにする。

こんな風に、会話が運べたら、なかなか知的な感じですね。
でも、私の知る限りでは、このような紳士的に、意見を述べる人は、余り見かけない。特に、テレビの討論なんかでは、人の話を最後まで聞ここともなく、「それは、ちがーう!」などと言っては、自分の意見をどんどん言い出す人間が充満している。で、放送時間内に、出来るだけ、意見を言ったもの勝ちのような。品のかけらも無い、余裕の無い人間の多い事。
Let me get on the soapbox. などという表現も、なんだか、消滅されつつある今日この頃なのかもしれない。

Franken-Yoko

  私にとっては、日常会話のほぼ60%が英語という生活になって、かれこれ10年。それでも、未だにネイテイブには、程遠い語学力。こればかりは、長くやっていればいいってものでない事に、今更ながら気がついた。
 ところで、”言葉”とは、生き物であって、一度覚えればいい、という不変なものではない。例えば、私がアメリカにやって来たばかりの頃は、クレジットカードでの支払いのことを、「I’ll pay by plastic」(プラステイックで払います)という言い回しが多かったけど、今では、この言葉を使う人は、余り見かけない。
 また、所変われば、という事も多いに実感する。昨今の流行に乗って、トニーの会社でも、多くのインド人がカスタマーサービス部門を占領しているらしい。インドでは、公用語が英語と統一されているので、ハイテクの知識+英語がクリア出来ている人々が、トニーのいるIT関連には、かなり多いらしい。しかし彼らの話す英語は、やはり違って、コミュニケーションの障害が多々起きているのが、現場にいるトニーの大きな印象だそうだ。同じ英語といっても、使われている地域で言い回しや単語まで変わってくるのが、面白い所かも知れない。
 ところで、今日のタイトル ”Franken-Yoko”。これは、私の定期購読している経済誌で見かけました。「老人のファッションと経済」についての記事の中で、この言葉が出て来たのですが、文章の前後からも、全く判断しようのない言葉ですし、もちろん、辞書にも、載っておりません。そういう時には、やはりネイテイブに聞く!のが一番。で、まずは、この言葉のYokoとは、故 ジョンレノンの妻、ヨーコ、オノさんの事を指しているそうです。ー(ハイフォン)は、2つの言葉を、一つにする役割を持っておりますので、フランケン(フランケン、シュタインのこと)とオノ、ヨーコさんが一つになったら、いったいなんだなんだ? 
 アメリカでは(イギリスでは、どうか知りません)、この言葉の様に、フランケンなんとかという言葉は、「寄せ集めで出来た◯◯」ということを表したい時に使われる表現だそうです。(ちょっと馬鹿にしか感じで) 例えば、トニーの弟(彼は、常識のない天才肌)は、必要なくなったコンピューターの部品を取り除き、それらを組み合わせて作った、自作コンピューターを、何台も所有しているのですが、トニーに言わせると、これはまさしく、「フランケン、ピューター」(『フランケンシュタイン+コンピューター』)という言葉がぴったりだとか。なるほど。
 では、フランケン、ヨーコとは? アメリカでは、オノヨーコさんは、色の濃い大きなレンズのサングラスをかけているということが、一般的な印象で、これは、度々ジョークのねたなどに使われたりするらしい。で、私の読んだ記事では、既に、流行からかなり遠ざかってしまった服装のあるご老人カップルが、広告料をかせぐため、大きなレンズの老眼鏡のかけてモールを徘徊するという事が書かれていた。ようは、広告料目当ての、全く統一性のないファッション(眼鏡を含む)の彼らの姿を、Franken-Yokoと指していたのでした。なるほど。 
 トニーが教えてくれた他の例では、Franken-Ford。アメリカの路上では、ドアーやバンパーなど、色や車種の違うものを寄せ集めて、なんとか形にとどめている車を見かける事は、そう珍しくない。そんな車も唯一、フォードのロゴだけは、つけていたりすると、Franken-Fordとなるわけです。 

As American As Apple Pie

 最近、トニーの家族は、なかなか景気が良い。 この時期には、欠かせないグリルを買い替えたと思えば、バーベキューに家族全員を招待してくれたり、家具を買い替えたり。 このプチ好景気は、3週間程前の ”あられ” (6月8日のブログを参照あれ!) と多いに関係がある。 
 
 あられの嵐に見舞われた我が地域では、車がへこんだり、家の壁や屋根への被害が続出した。トニーの知人が勤める、車の保険会社の人の話では、先週の時点で、車の損害のチェックに、連日600台もの車がやってくると、言っていた。我が家の近所でも、先週まで、何件もの、屋根修理の会社の人が、ビラ配りをしたりしていた。

 さてさて、今日の言葉、As American As Apple Pie(アップルパイの様にアメリカ人だね)と、このあられの嵐と、我が家のプチ好景気がどんな関係なのかと申しますと、、、、あられの嵐に寄る被害で、多くの家族が、保険金を手に入れたんです。で、大抵の人は、本来使うべく、修理に当てずに、消費に走ってしまっているというわけであります。なんと言うか、アメリカ的では、ありませんか! そんな時に、Oh! American! というよりは、They are as American as applepie!と言った方が、より一層アメリカ的な感じがしてよろしいわけであります。

 

Rats In Your Hair

 最近、綾花の髪は、かなりのびてきた。それに伴い、髪の絡まる事も多く、朝の身支度の時は、大変な事態に及ぶ。私が、容赦なくくしを入れると、「いたー」と大げさに騒ぎまくるのだが、そのうち、くしを入れる前から、「いた、いた、いた」などとかなりの女優ぶりを発揮してみせる。そんな女のバトルにどぎまぎのトニーは、「僕がしますよ」と、私の手からくしをとり、綾花に優しく、こう語りかける。You have many rats in your hair.(髪の毛に、いっぱいネズミがいるよ)。日本語で言う所の、髪の毛、鳥の巣状態、ってところでしょうか?それにしても、男親というのは、女の子には、なぜこんなに甘いのだろうというくらい、優しく接する。おまけに、トニーは、私にもかなり優しく接してくれるので、私と綾花の間には、常に、ビビビーと電気が走っているのだ。そして、この事態を緩和してくれる、唯一の手がかりは、最近家族に加わった、ブレイデイーちゃん。彼は、男の子なので、私は、トニーと綾花がラブラブのときには、ブレイデイといちゃいちゃすることにしよう。

It's Not My Cup of Tea.

It’s not my cup of tea. 今日、初めて、映画やテレビ以外で、使っている人を見かけ、なんだか嬉しくなって、ブログに書くことにしました。 というのも、私のおきにい入りの、英語の成句なんだけど、私の英語自体、実際に使うまでに至らなかったもので、、、、、この成句の意味ですが、「私のお茶じゃないわ」では、ありません。「私の趣味じゃないわ」みたいな感じで、「 He is really a good person, but he is not my cup of tea.」「彼は、本当にいい人だけど、私の趣味じゃないわ。」という感じです。
 さて、今日、私が耳にした時の状況は、と申しますと、、、、
場所は、某グルメスーパーマーケットの入り口にて、コックのエプロンを着た、ちょっと太めのおばさんが2人。彼女たちは、店の入り口に、鉢植えの花を飾る、ワイヤーで出来たラックをチェックしておりました。ひとつのラックのねじが緩んで、がたがたしていたので、それを直そうと試みていた様子。1分程、ラックを上から、また下から眺めていたものの、どこをどうしたらいいのか、修理の手段が分からない様子。そのうち一人のおばさんが、「This is not my cup of tea.」と首をすぼめておりました。なるほど、普段の生活では、こんなときに使えるんですね。なにも、メデイアでよく使われる「男の子が、、、、」「洋服が、、、、」という話題でなくともいいんだ、と嬉しくなった訳であります。私も、出来るだけ早くに、使ってみよう!

前へ 過去の投稿 次へ 新しい投稿