W バースデー ランチ会

兼ねてから企画していた、3人のランチ会、やっと実現しました♡。

3人というのは、ピラテスの先生とピラテスを一緒に習っているリデイアですが、かなり前から、私と先生の10月の誕生日のお祝いに、ランチをごちそうして下さるというリデイアの好意で、ウエストポイントマーケットという食品店のカフェで食事をするこなっていました。 でも3人とも、何かと忙しい人たちなので、(一応私もね)なかなか時間を合わせることが出来なかったの。

 

ウエストポイントマーケットは入るとまず、季節の雑貨コーナーがあり、今はハロウイーンの品物が所狭しと並んでいます。カフェに行く前に、ちょっとより道。

 

 

雑貨コーナーの後はワインセラーを通り抜け、チーズ売り場。ここでは必ずサンプルがあるので、2、3種のチーズをお味見させて頂きます。口をモゴモゴさせながら目的のカフェへ。

カフェランチですが、ここはセルフサービス式で、スープ以外は、オーダーに応じて作ってもらえるスタイルです。

私は、まず6種あるスープから、キノコと大麦のスープを選び、サラダは、クリエイト ユアー オウン ということで、好きなものを選んでつくってもらいました。このボリュームでスモールなんです。すごいでしょう。スープは、キノコのダシがきいていてとても美味でした。

 

 

美味しそうなバゲットもあったんだけど、外食時は、炭水化物の摂取を出来るだけ控えているので今日は我慢です。なぜかって? ここ数年、ランチに炭水化物を摂取すると、異様な睡魔に襲われるのよ。お家だったら、そのまま昼寝しちゃえばいいんだけど、外出時は、車の運転があるから超危険行為になってしまうの。歳をとるって、色々制限が出て来て嫌なことね。

 

 

 

こちら、今日のランチバデイーよん。右側の初老の婦人が本日私達を招いて下さった、リデイア。とても60代前半に見えないでしょう? 彼女は、ハローキテイが大好きで色んなもの持っているの。そうそう、ピラテスも一緒にやっているけど、同じオーケストラでバイオリンも弾いているのよ。(でも私はただ今、もろもろの事情があってお休み中なの)ピラテスは、週3日通っているので、週1の私よりももっとすごい事がいっぱい出来るの。いつも色んなことで驚かされています。私もこんな風に歳をとりたいなあ、、、、

左は、ピラテスの先生、デボラ。彼女は女優でもあるのよ。そしてイタリア人という事もあって、言葉の壁の話となれば、色々分かち合えることがいっぱい。今は、リフレクソロジー(足裏マッサージ)のお勉強中で、これからしばらく私とリデイアは、彼女の実験モルモットとして、足裏マッサージをしてもらえるの。

 

この歳になるとね、誕生日にプレゼントと言われても「これが欲しい!」ってものもないんだけど、(でも広い敷地の家は欲しいな)こうして気のあうお友達と、楽しい時間を過ごせることにとても幸せを感じるわー。これからも、3人で体と心のメンテナンスによりいっそう励んでいくことにしまーす。

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Ayaka’s 10th Birthday

今日は我が家のメンバー3人のうち2人をお祝いする日なの。

一人目は、10才のお誕生日を迎えた綾花。そして二人目は、6月の第三日曜の父の日でお祝いするトニー。だから朝から私は2人にお祝いの言葉をかけなくてはいけなくって、大変だったわ〜。(まじで?)

でもね父の日よりも、やっぱり子供の誕生日の方が優先順位は高いのよね。昨日バケーションから戻ったばかりってこともあるけど、綾花は父の日のギフトは、なーんにも用意していませんでした。(かわいそうなダーリン,、、、という私も、綾花の手伝いをする気もなかった)

そうそう、綾花の誕生パーテイーは2週間前に乗馬パーテイーをしたので、本当の誕生日の今日は、ケーキを焼くだけ、、、っていう事でオーケーだったのですが、バケーションの荷物を片つけたり、家の中を片つけたりしていたら、ケーキを焼き始めるのが夕方になってしまいました。今年のケーキはカップケーキ。それを各自好きな様にデコレーションする、、、ってことにしました。ケーキミックスは、バケーションハウスで共同購入したものの余りを頂いて来たの、ふふふ。(なんて手ぬきな母親なんでしょう)

ケーキミックスの箱の指示に従って、水をカップ1杯、油を云々、、、、、、と混ぜ合わせている間、綾花はバイオリンを出して来て、自ら率先して練習を始めました。思えば、5歳の誕生日の翌日から始めたバイオリンですが、5年もたつと私が言わなくても練習する様になるものなんですね。それとも今日は何か特別?

ケーキが焼き上がるまでの間に、トニーと私は、綾花が産まれてから2年ぐらい、不定期につけていた思い出日記を久しぶりに読みながら、綾花の赤ちゃんの頃の話に花をいっぱい咲かせちゃいました。

綾花が産まれたのは、夜9時5分。夏時間であるのと夏至に近いこの時期なので、生まれたての綾花に対面する時に、病室の西側の窓から真っ赤な夕焼けが見えたのをよーく覚えている。痛み止めの麻酔を使って出産したので、私の意識がもうろうとしていたから、へその緒が首に絡まって窒息状態だった綾花は鉗子で引っ張られて生まれた事も知らずにいたので、鉗子に挟まれて真っ赤になったほっぺが、夕日が当たって真っ赤なのだと思い込んでいたの。だからこの思い出日記にも、”リンゴの様なほっぺをした赤ちゃんだった” って綴ってあるの。我が子を生んだ瞬間から、大ぼけなお母さんなのよね、私って。ちなみに、その事実を知ったのは、2週間後くらいだったのよ(汗)。

昔はね、マメにこういう日記をしっかり(色鉛筆で色づけなんかもして)つけていたのよ。20ヶ月の日記を最後に白紙状態、、、、、この頃から、綾花の活動が活発になったのかな?それとも、私の体力の限界期?

改めて日記を読み返してみるとね、自分では覚えているつもりでも、忘れてしまった事がいっぱい。8ヶ月の頃には、謎の言葉「エイガン」を連発していたり、18ヶ月の頃には、色んな色も言える様になったけど、桃色はももい、だったり、緑がムーニーだったり、紫はむしきだったってことも、すっかり忘れていました。ああ、綴っておいてよかった♡って心から思った瞬間でした。

で、少し前に焼き上がったケーキも冷めた頃なので、昔話は一休み、ケーキのデコレーションを開始。するとね、綾花が人差し指とお兄さん指をなめているの。「怪我でもしたの?」と聞くと、「日記に小さい頃2本指をなめるのが癖だったって書いてあったから、真似してやってみた」 なるほど・・・

ピンクレモネード味のピンクのアイシングでケーキをコーテイングしたその上に、スプリンクルをふりかけ、H(appy) B(irthday) A(yaka)を略した、HBAキャンドルを立てて出来上がり。この後、私とトニーの息の合わない合唱隊でハッピーバースデーの歌を歌ってろうそくの火を吹き消しました。そのあとはもちろんケーキの試食です。なんか今年の誕生日は、ジミーな誕生日だけどね、でも心がとっても満たされました。

8年間おさぼりしてしまった日記、またつけようかな。10年たてば、それもまたいい思い出になるかもしれないし。

夕日

3月10日にサマータイムに時間が切り替わってから(時間を1時間早めるの)、1日がとーっても長く感じられます。もともと私の体質って、とけいを見て時間に反応して生活するのでなく、空を見て反応するタイプなので、外が明るいといつまでも外で遊んでいたくなってしまうのよね。

おまけに気候の良さも手伝って、綾花の宿題は外のピクニックテーブルでやって、そのまま外で夕食、そして犬の散歩、、、と 家に入る頃には、8時を過ぎているの。先日も、夕食後に近所に住む義姉にお届けものついでに、犬と綾花を連れ散歩したりして、、、、その時に、ちょうど歩いている通りの真ん中に夕日が沈む状況に遭遇して、綾花と2人、しばしその場で夕日が沈んでいるのを眺めていました。

何気ない普通の生活のなかで、今まで気がつかなかった素敵な宝を見つけた感じ。こういう瞬間を子供と共有出来るって幸せなことだよね。

春分の日

今日は春分の日なのに、暖冬の今年は、春はもうとっくに来ていて 今日は夏の様な一日でした。

クローゼットの中も半分くらいが夏服に変わっているのよ。そして今日は、思わずタンクトップで犬の散歩に出かけました。(ちょっと気が早すぎかしら?)

 

それにしても本当に暖かい。毎年春先に、高速道路の路肩に咲くたくさんのスイセンの花が楽しめるんだけど、3日くらい前には見ごろを向かえていました。このスイセンの開花、昨年は、綾花の春休みに入る頃だったので、4月1週目だったはず。ということは、例年よりも3週間近く季節がすすんでいるってことよね。異常気象としてちょっと恐れるべきか、いやいや、どう感じようが事実は変えられないので、今を楽しめば良いのか、、、、悩むところだけど、折角なので、存分に満喫しましょう♪

 

 

ブレイデイーの散歩コースの枝垂桜は現在3分咲きってところかな。背景の空の色が、この時期のオハイオではあり得ない。

こういう雑草って、なんだかとても懐かしい。多分、子供時代にこういうお花を摘んであそんだことが多いからなんでしょうね。それにしても、この雑草の影の濃さ、これって完全に夏の日差しの影よね。今年の春は、本当に奇跡の春だわ。

 

バグダッドカフェ

カリフォルニアにあるモハビ砂漠の事について調べていたら、20代の頃に見た映画「バグダッドカフェ」の舞台がモハビ砂漠だったという事実にたどり着いた。 余りの懐かしさに思わず、ネットフリックでサーチしたら在庫にあったので、即見てしまいました。

20代の頃見た時は、アメリカの土地勘や人種の事も良くわかんないし、大人の事情も良くわからないおこちゃまだったので、その時の評判に巻かれて感激する様な感じだったけど、こうしてアメリカに暮らして、何となく土地勘みたいなものもついて、ある程度の大人の経験も積んで改めて見てみると、感動というよりは、時折胸が締め付けられ、時々ほっとして、ああ、、、って感じの映画でした。こういう心の動かされ方ってアメリカっぽくないな、、、、と思ったら、これ西ドイツ映画だったんですね。

”西ドイツ” っていうのがこれまた今ではもう聞かない国名。この映画の製作は1980年代後半で、東西のドイツが統合したのは、1990年のこと。実は、私がヨーロッパ貧乏旅行をしている時に、ベルリンの壁が崩れたんです。あー私も一昔前の世界を語れるお年頃になってしまったのね、、、、、。

なんだか、センチな気分になってしまったわ、、、、

そういえば、高校時代によく映画を一緒に観に行った仲良しのDさん、最近音信不通だけど、元気にしているかな。今夜は、この映画のせいで過去に引き戻されてしまって、ちょっと母国シックな夜だわ。なんだか一人淋しくなって来たので、もう寝よう。おやすみー。

奥深き日本語

今日郵便局で切手を買ったら、こんなデザインのものでした。

テーマーはもちろん、盆栽。

日本でも昨年の夏に郵便局で、英国キャラクターのピーターラビットのデザインの切手を見かけたりしましたが、今の時代って、本当に文化が入り交じっているよね。

ところで、盆栽って英語でもそのまま、BONSAIになっているけど、日本語がそのまま英語になっているものって、他に思いつくところでは、KARAOKEね。これは、カラオキーって発音しているので、あまりカラオケとは結びつかないんだけどね。その他、MANGAもそうね。むかしこっちの大学でアートの勉強をしていたとき、デッサンクラスにアニメオタクがいて、自分でデザインしたTシャツ着て来た事があって、MANGADOUってロゴがあったの。

「きみ日本人だから、これ何の事か分かるでしょう?」

って聞かれ、即理解出来ませんでした。最初に思い浮かんだのは、

「漫画、どう?」

でも、なんだか間抜けでしょ? 語尾に?マークもついてないので、まああり得ないよね。 だからデッッサンクラスが始まってからも、しばらくその謎解きでデッサンがすすまず宿題になったりしましたが、結局自分なりに結論づけたのが、

「漫画道」

茶道、華道、柔道みたいなもの。 人生、漫画1本でいきます、、、、的な。

結局ね、私の英語力の低さと、彼の日本文化の理解不足の二十苦で、どっちが本命なのか聞く事はできませんでした。どう見ても、その彼は、日本語分かる様な感じではなかったから。 それに私この時、妊娠7ヶ月ぐらいでね、たくさん喋ると息切れがすごかったら、出来るだけ人との会話は、簡素が基本だったの。でも、今、まんがどうを変換してみたら、漫画堂なんてもの出て来た。もしかして、これだった? Manga Hall って訴えたかったのかな?

しかし、日本語って奥深いよね、、、これをいかにして説明したらいいのでしょうね? あれからかれこれ10年経っているけど、今、このことを英語で話せと言われてもね、多分無理。

私の英語力は、10年前からフリーズしたままか、、、、、

一段落

去る2月19日に、大きなイベントがあって、それが終わったので一段落。

ただ今、家の中で こんな風にぼーっとしているのよ。

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