ボーナス

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 今回のイタリア旅行は、飛行機の遅れから始まり、到着時間の遅れと、飛行機には、余りついていなかった。しかし、不運は、それで終わる事はなく、帰国便のカターニャからの飛行機が、乗り継ぎ先であるローマ空港についたときには、既に10分の遅れ。しかも、ここの乗り換え時間も1時間。ローマ空港は、国内線から国際線に乗り換える際、2カ所にパスポート審査が置かれ、ターミナルの移動だけでも、30分は、有にかかる。さらに、飛行機にのる直前に預けたストローラーは、そのまま乗り継ぎ便の飛行機に移動されるという事で、私は、綾花をだっこしながらの移動を強いられてしまった。(綾花は、歩くのが嫌いな、典型的なアメリカ精神を身につけている)。 さらに、なぜか私の乗る飛行機は、予定よりも15分早めの出発を試みていて、私が、ローマ空港についた時点で、私の名前がアナウンスで放送されていた。 さて、ローマ空港と言えば、グッチを始め、エルメス、ブルガリ、フェラガモ、その他マイナーなブランドのお店が連なっているのだが、これらの店を横目でみながら、涙涙の移動であった。
 さて、汗だく状態で、ゲートにつくと。「おー、コフマン様、長い事待っていました」と、係員が3人掛かりで対応してくれた。さて、ここで大きなニュースが!ニコニコ顔のハンサムな係員が「コフマン様、本日は、飛行機が満席なので….」イタリア男の笑顔には、だまされてはいけない!と、心の準備をしていると、「恵美様、綾花様には、本日は、ビジネスクラスにご搭乗いただきます。」 おおおおおおおおおおお!これまでの、苦労は、このためのものだったのか!これは、まさしく運不運の問題でなく、私の苦労の報いなのだ。ははは。
 ということで、帰りの便、10時間の旅は、全く寝る事なく、ひたすら、映画を見たり、メールを送ってみたりと、貧乏性丸出しの旅でした。

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恐るべし才能

 数日程前、ジューシーの従兄弟の新築祝いのプレゼントを買いに、セラミックストアーに行った。そのお店は、背丈が私程の若い女性の店主一人でしきられ、売られている商品は、自ら、釜で自分でデザインした陶芸品を焼き、色付けしているところだった。
 お店に入ると、まさに、シシリアの日差しに映えるような、鮮やかな色でデザインされた陶芸品が、所狭しと並べられていた。その店主は、私と綾花を見るや否や、「日本人?」と聞いてきた。私の代わりにジューシーが、日本人だけどアメリカから遊びにきている事を説明すると、「あなたは、1年2ヶ月振りに、この店にやってきた日本人ですよ」と言い出した。「日本人は、この店を開いて、あなたで2人目なので、誰がいつ来たか、よく覚えているのよ」と、加えた。これだけでも、恐れ多い程の印象なのだが、さらに店主は、「彼女の名前は、ひさえといって、東京出身だと言っていたわ。でも、モデナ(北イタリアの都市)出身の男性と結婚して、いまは、モデナに暮らしているんだって」と、私たちが相づちすら打てないような勢いでしゃべり続けた。その後は、私の素性調査に入り、私がどういう経路でアメリカ人と結婚し、どうして、ジューシーと知り合って、この街にきたのか、しつこく聞かれた。これは、第3番目の日本人客に備えての情報収集なのだろう。 私は、かつて営業の仕事をしたことがあり、その際には、「お客様の情報収集が一番大事なのだ!」と耳にタコができる程、上司に言われ続けたが、この店主は、情報収集部門(そんなのないけど)の部長には、もってこいではないか、とふと思った次第だ。  
 さて、1枚のお皿を買う為に費やした時間は、40分。お店を出るや否や、ジューシーは、目をまん丸くして言葉もでなかった。イタリア人は、非常におしゃべりな人種であるが、この店主は、そのイタリア人の中でも、一目置かれるような女性であった。

Beach Days

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 シシリアでは、熱波に見回れ、36度以上になる日々が続いている。しかし、湿気がないため、屋外に出ると余り暑さは感じない。ビーチに出ればなおさら。海からの風で案外涼しく感じる。だからなんだろう、ジューシーの知り合いは、毎日、ビーチへ繰り出している。
 私たちも、他にする事がないので、ほとんど毎日、午前中は、ビーチで過ごすことにしている。この夏、ジューシーは、プライベートビーチのパラソルを2ヶ月レンタルしたので、私たちがいくのも、そのビーチだ。私たちのパラソルの近辺の人たちは、2日もすれば、すっかり親しくなって、子供達も、パラソル間を行き来し、お菓子のあるところ、おもちゃのあるところに群がったりする。一度、ジューシーが、大袋入りのポップコーンを開いたときなど、近辺の子供達が6人も集まって、あっという間にポップコーンを食べあさっていった。
 さて、ビーチに行くのには、万全を期して、日焼け止めクリームを頭の先から、つま先まで塗っていっても、やはり、焼けてしまう。結局は、3日もすれば、なんだかこんがり色になって、その後は、一気に深みが増していく感じだ。日焼けしたくない私に気を使って、借りてくれたパラソルだったけど、子連れで、のんびり日陰で過ごす事も出来ず、強い日差しの真下で過ごさなければいけない運命は、どうにもしようがない。この歳にして、こんなに焼いてしまって、この後どうしたらいいのだろう? まあ、考えたところで、どうにもならないので、あきらめが肝心ということにしておこう。

悪ガキども

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 母娘2人のイタリア旅行について、とりわけトニーが心配していたのは、綾花の年代のイタリアンボーイズ達。冗談だと本人は言っているが、やはり、おませな男の子友達には、出来る限り近寄らせないでくれと言っていたのは、本音だろう。でもでも、私のお世話になる友達には、近所に住む4歳の甥がいて、綾花がくるのを心待ちにしている、と事前から言われていた。トニーは、この甥が、シャイであって欲しいと願っていたが、世の中は、そう上手く回らないものだ。その甥、アドルフォは、これまで見た中で一番の悪ガキで、おませさんだった。彼の悪ガキ振りを代用できる出来事は、私の滞在中だけでも、数えきれないくらいだ。一番印象的だったのは、ビーチで、砂浜にしいてあった、誰かのバスタオルを、海に投げ捨ててしまった、出来事。幸い、持ち主のおじいさんは、優しいひとで、事が大きくならずに済んだけど、ちょっと目を離すと、とんでもない事ばかりしている。
 さて、そんな悪ガキとは、無縁(であってほしい)な綾花は、なんと彼と意気投合し、滞在中、一緒になると手に負えない悪女に変身してしまった。一度は、レストランの敷地内にあった、プレイグラウンドで遊んでいたときの事。6歳以上でないと遊べない大きな滑り台で、綾花とアドルフォが遊んでいると、大きなお姉ちゃんたちが、「危ないから、私たちが一緒に見ていてあげる」と優しい言葉をかけてくれた。が、アドルフォは、「そんなの、知ったこっちゃない」みたいな反応をみせ、意味の分かっていない綾花も、「go away」(あっちいけ!)などと叫んでいる。そんな光景を目の当たりにした私には、現実を受け入れがたい状態だった。そして、私の頭に真っ先に浮かんだのは、「積み木くずし」。ああ、おそろしい。
 そんな、恐ろしいペアーが、この写真の子供達。現実を知らなければ、何ともスイートな2人なのにね。

イタリア式親ばか

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 シシリアの人々は、非常に愛情豊かで、何に対しても愛情を注いでくれる。綾花をつれて街を散歩すると、「ケ、ベリーナ!」(なんて、かわいいの!)と知り合いはともかく、知らない人まで言い寄ってくる。しかしながら、このあふれる愛情が注がれるのは、子供達ばかりではない。ジューシーのおばさんは、有り余る愛情を、ペットの亀に注いでいるのだ。
 ジューシーに用事があって私たちとともにいられない日、私と綾花は、ジューシーのおばさんの家に招かれた。私がイタリア語を話せる訳でもなく、かといって英語を話せる人もいない状況で、会話の突破口となったのが、亀の「ルナちゃん』(お月様)。綾花は、非常に亀好きで、ルナちゃんを見るやいなや、その目はルナちゃんに釘ずけ。そこで、私がルナちゃんの写真をとると、おばさんは、「ちょっと見せて」と、デジカメの画面を食い入るように見ては、「まあ、なんてかわいく映っているの!ルナちゃんは、写真写りがいいのね」と大感激。そして、その写真のコピーを絶対に送ってくれと念まで押されてしまった。しかし、それだけでは終わらず、その後家族で集まる機会があるたびに、私を呼んでは、「ルナちゃんの写真を皆に見せてあげてくれ!」。「私のルナちゃんは、ハンサムで写真写りがいいんだから。とものすごい親ばかぶりである。これだけ、愛情を注がれたら、ルナちゃんもさぞかし幸せだろうな。

シシリアン ウエデイング

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 ジューシーの結婚式は、暑い夏に行われるのは承知の上だったけど、前日から、シシリアは、熱波におそわれ、通常以上に暑い日となった。でも、結婚式は、午後5時半から、披露宴は、午後9時からだったので、まだなんとか耐えられる状態だった。ジューシーは、イタリア人の99%(適当な数字)がカトリックであるように、彼女も、新郎のサルボもカトリックなので、挙式ももちろんカトリック形式で行われた。カトリック家族で育ったトニーには、「イタリアのカトリックは、厳しいから、挙式も長くなるよ」と脅されていたので、心して挙式に望んだけど、これまで出席した、アメリカのものと大して変わりはなく、1時間もたたない間に、挙式は、終わった。
  この挙式で驚いたのは、ゲストのファッションだ。イタリアでは、どこにいっても、ファッションの見応えがあって楽しいのだが、フォーマルなイベントとなればもっと見応えはある。全般的には、マダムと呼ばれる年齢層は、黒でまとめる傾向にあったが、中には、トルコブルーのレースのすけすけのドレスをきて、下着もちゃんと見える事を計算尽くした物を選んでこられた、推定年齢50代後半のマダムなどいらして、度肝を抜かれた。私と同年代の、ジューシーの友達は、緑やブルー、ゴールドなど、華やかなドレスに、靴とバッグも素敵な物をあわせて、ファッション雑誌100冊くらいの見応えがあった。
 肝心のジューシーは、といえば、こった刺繍のレースの袖のついた、ハイウエストのドレスで、ギリシャ神話に出てくる女神のような感じだった。赤いバラのブーケは、挙式前日まで、迷いに迷った結果、決めた物だった。白いドレス、黒い髪、赤いバラの強いコントラストが、情熱的で気の強いジューシーを物語っていた。
 披露宴は、海辺のコテージの庭に、キャンドルライトを沢山ともして、行われた。イタリア人は、ファッションだけでなく、ムードづくりにかけても天才的で、披露宴会場についたとたんに、トニーが恋しくなってしまった。同じテーブルに座った、北イタリアから来た、ジューシーの職場の同僚の、シモナも、「彼が恋しいわ」と、同じような事を言っていたので、それを機に、彼女と色々お話が出来た。幸いにも、シモナは、イギリスへの留学経験があり、英語も話せたのだ。
 ムードも満点なら、食事にも満足。そして、10年前、5年前に来たときに知り合った、英語のはなせない友人と、身振り手振りでの会話に花を咲かせ、あっと言う間に楽しい時間は、過ぎていった。披露宴の終わりになって気がついたが、イタリアでは、披露宴でダンスをしなんだなあ。夜通し踊ってお祝いするのは、アメリカくらいなのだろうか?新たな疑問が浮上しながら、披露宴の会場を後にした。

写真は、ジューシーと弟のぺっぺ。挙式に向かう直前。

シシリアンサマー

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 日本でも夏は、各地で多くのイベントが開催されるが、私の訪れたシシリアのアヴォラでも、滞在中の約3週間、毎週末何かしらのイベントが行われていた。イベントが行われるのは、街の中心にあるピアッツア(広場)。イタリア旅行を経験した人なら、たいていお気づきかとは思うが、イタリアの街には、なんとか広場、と呼ばれる広場が非常に多い。シシリアでは、暑い夏の夜、この広場に繰り出して、知り合いにあったら、話でも、というような社交場のような使われ方をしている。
 さて、私が滞在させていただいた友人のジューシーの家は、アヴォラの中心の広場の一角にある建物の3階である。よって、広場で何か行われると、それはそれは、賑やかである。広場にステージが設置され、ダンスなどのショーがあれば、バルコニーから眺められたりもして、なかなか便利でもある。ある夜は、イタリアの有名シンガーのコンサートが開かれ、コンサート時間間際になると、コンサートを特等席から見ようと、お客さんが3、40人程やってくるのである。こんな風に書くと、非常に良い環境のように聞こえる。が、イタリアの夏の夜は、長く、たいてい広場のイベントが始まるのは、夜10時位から。滞在中最後まで、イタリアの夜時間に対応できなかった綾花には、このイベントは、迷惑の何者でもなかった。10時位に、目がとろとろしてきて、さあ寝ようと思った矢先に、コンサートやら、ダンスやらが始まるのである。眠りたいのに眠れない状態が続き、綾花は、非常にヒステリックになってしまった。 
 極めつけは、ある金曜から土曜の明け方に起こった。なんと、自転車レースのゴールが、この広場だったのだ。どこからどのくらいかけて、アヴォラにたどり着いたのか知らないが、夜10時過ぎから、次々と自転車に乗った人々がやってきた。私たちは、10時半から夕食に出かけ、「戻ってくる頃には、レースも終わっているでしょう」なんて考えていたのだけれど、朝1時に戻ってきても、終了どころか、ますます自転車に乗ってゴールをめがける人は、増えている。結局部屋に戻って、寝ようと試みるが、大きなアナウンスの音のせいで眠れないので、バルコニーに出てレースの様子を眺める事、2、3時間。レースが終了したのは、朝3時。その後、律儀にも、表彰式まで行われ、私が眠りについたときには、空が明るくなっていた。幸いこの晩は、綾花は、このような騒音にも関わらず、よく眠ってくれた。シシリアの夏は、気温も人々も暑く燃えていた。

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