5月のまぶしい日差しのもとでさわやかな風が吹いて来たとき 風の心地よさを心から感じる

でもね 風は だれかにふきあたるまで その存在は 誰にも気づかれないの

秋のお月さまに照らされた樫の木に 頼りなく寄り添う乾いた葉っぱたちを カサカサと揺らす秋の風

でもね 風は 何かの間を通り過ぎるまでは 何の音も出す事もなくただ一人通り過ぎて行くだけ

外の音を閉ざした部屋の窓から 目の前の歩道の並木が 皆同じ方向に一定のリズムで波打っている様子が見える

不思議な並木のダンスで 風の存在を知る

緑に輝く葉っぱを踊らせることがなければ 部屋の中の私には 風の存在は分からない

だれかと一緒でないと 存在を感じられない とっても頼りないあなた

でも あなたがいるから 退屈な日常が生き生きとしてくるよ

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汲む         茨木のりこ 作

大人になるということは

すれっからしになることだと

思い込んでいた少女の頃の私

立振る舞いの美しい

発音の正確な

素敵な女のひとに会いました

そのひとは 私の背のびを見すかしたように

なにげない話に言いました

初々しさが大切なの

人に対しても世の中に対しても

人を人とも思わなくなったとき

堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを

隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし

そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな

ぎこちない挨拶 醜く赤くなる

失語症 なめらかでないしぐさ

子供の悪態にさえ傷ついてしまう

頼りない生牡蠣のような感受性

それらを鍛える必要は少しもなかったのだな

年老いても咲きたての薔薇 柔らかく

外にむかってひらかれるのこそ難しい

あらゆる仕事

すべてのいい仕事の核には

震える弱いアンテナが隠されている きっと、、、、、、、

わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました

たちかえり

今もときどきその意味を

ひっそりと汲むことがあるのです

私のゆきだるま

綾花の日本語学習は、本人のペースによって、私が適当な課題を与えるのが我家流、、、、最近は、詩や物語を書く機会が多い。今日は、最近作った綾花の詩を披露します。

私の雪だるま                    さとう あやか

ふゆがきた。ふゆがきた。

雪がふった。雪がふった。

雪のてんし つくろう。 雪だるま つくろう。

雪だるま。雪だるま。

私の雪だるま。

春がきたら 雪だるまは、、、、、、、、、、

とける。とける。

私の雪だるまが とける。

春がきて わたしの雪だるまは とけた。

だれもしらない 私の雪だるま。

春を告げるもの

 先週は、暖かかったです。あ〜春〜♪ なんて、ついつい浮かれた気分でおりました。 そしたら、トニーが熱出して、咳が出て、、、と思ったら、綾花も同じ。2人とも強烈ってわけでないけど、微熱が続いていたのですが、彼らが治りかけた頃には、ワシの番じゃけん。(←最近読んでいる本の主人公の方言です。) 

 でも、私のは、熱はなく、咳と極度の鼻づまり+強烈な頭痛。久々にサイナスインフェクションです。私は、耳鼻科系、昔から弱かったんですよね、、、一時は、このせいで、3ヶ月の外出禁止にまで及んだことがあった程です。

 ところで、我家だけでなく、こんな感じで病気になっている人は、綾花の学校に非常に多いらしい。いやいや、綾花の学校だけでなく、家の親戚も、トニーの会社も、、、、、、この季節、寒さが一段落して雪が溶けると、それまで活動を停止していたバクテリアが活動を再開するので、病気が多く発生するんだとか、、、いやいやバクテリアの解禁ってことですね。、、、、これってちょっといやだけど、オハイオで春を告げるものの1つなのかも、、、、

 

それでは、ここで一句

       家族皆 病気に倒れ 春間近