Picture diary

風邪の復活

先週引いた風邪が、一旦良くなったかと思いきや、この週末は、またまた重病状態。頭痛、咳、鼻水の度重なる攻撃で、食品の買い出しすら大仕事。食事の準備も出来ないので、トニーと綾花は、1日2回は、外食へ。病気になると、出費が続きます。やはり、健康って大事なんだなあ。

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ダーリンは外国人シリーズ

私の友人で、年2回ほど、何かの機会に、日本で話題の本を送ってくれる人がいる。 そんな話題の本の中で、発行される度に送ってくれる、「ダーリンは、外国人」。このダーリンは、トニーという名で、私の主人とたまたま同名なのだが、我が家のトニーは、私がこの本を読んで、馬鹿笑いする度に、自分が笑われているものと思って、ちょっと悲しがっている。 さてさて、今回送ってもらった1冊。ハワイ特集は、昨年の旅行を機に、ハワイに魅了されてしまった私には、読まずにいられない1冊だ。このダーリンこと、トニーさんは、なんでも、深く追求する非常に興味深い方で、トニーさんと作家の小栗さんの体験を通して紹介されるハワイは、通常の観光ガイドとは、ひと味もふた味も違った新鮮さが魅力だ。

that's my baby

メモリーカードゲーム

 ここ数日、我が家でにわかに流行っているのが、メモリーカードゲーム。俗にいう、神経衰弱だ。 今月初めに、ジョージアに住む友人が、4年振りに我が家を訪ねてくれたときに、綾花にお土産として、持って来てくれた。友人は、子供がいないのに、この年頃の子供に向いているものを選ぶのがとても上手で、感心してしまった。  さてさて、綾花のメモリーカードゲームへの対応振りだが、なかなか興味深い。子供と言うのは、勝ち負けを意識しないので、自分の記憶しているカードを、他人に快く教えてくれる。なので、私やトニーは、沢山のカードを獲得する事が出来る。有り難いことだ。それに、一度めくったカードを記憶する能力が「おお!すごっ」って事もあれば、「なんで?」というような事もあって、これまた、大人の思惑とは、全く違っていて、なかなか新鮮だ。勝つ事を意識しないゲームというのは、本当に心から楽しめるという事を学ばせていただく、いい機会である。

that's my baby

Self Esteem

 アメリカの育児書などで、「Self Esteem(自尊心)を子供に身につけさせよう」というような事を、よく目にする。私が初めてこの言葉を目にしたのは、数年前、大学の論文のクラスで、アメリカのSelf Esteem教育についての評論文を書かされた時だった。アメリカの教育機関で、10数年程前から、Self Esteem教育というのが取りだたされたが、思惑とは、違った結果が出ている事について、その理由、そして解決策について書くのが課題だった。この頃の私は、子育ては、全くを持って未知なる世界だったので、子供に自尊心とは?いったい、どんな事なのか、想像出来ないまま、中身のない論文で終わっていた。  まあ、今でも、Self Esteemといわれても、ぴーんとこないのだけど、このところのの綾花の学校生活を見ていて、何となく導入部分が見えてきた様に思う。まず、アメリカの子供達が身につけてしまった、思惑と違った、Self Esteemとは?それは、はっきり言って、思い上がり、勘違い、みたいなものだ。Self Esteemを身につけさせるため、教育者が行なったのは、必要以上に子供を褒めに褒め、結局、子供達は、多いなる勘違いをしたまま大人になってしまった。  では、本当のSelf Esteemとはいったいなんなんだろう? このところ学校で、沢山のプロジェクトをこなしてくる綾花には、学ぶ事への意欲がはっきりうかがわれる。彼女の通う学校は、なかなかユニークな教育法を実施していて、子供が好きそうな単純な作業を、集中して出来るような環境を作り上げている。例をあげると、窓ふき。スプレーで水をかけ、スポンジで拭き取る。裁縫。太めの針に毛糸を通して、五番の目に穴のあいた網に、針を使って、毛糸を縫い付ける。これらの一見、教育とは、何とも関係のない作業が、綾花の学習意欲をかき立てるのとは、無関係とは思えない。私の勝手な見解ですが、学校で行なっている作業は、綾花の興味をとことん満足させるものであって、これらを、納得いくまで実施出来た結果、おおきな達成感を得たのではないかなあ。この達成感が、他の事へ取り組む源道威力になっているというのは、例の『鈴木メソッゾ』でも言われている。 まだまだSelf Esteemがどんなものなのか、説明出来ないけど、綾花を見ている限り、何かを成し遂げた事による達成感が自信につながる、というのがSelf Esteemなのでは、ないかと思えて来た。

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精神の洗濯

 数日前から引いている風邪が、今日ピークを迎えた模様。咳と頭痛に悩まされている中、Janine Jansen(ジャニーヌ ヤンセン)という女性バイオリニストのコンサートに出かけて来た。昨年、五島みどりのコンサートに風邪で行き損ねているので、今回も行かなかったら、ジンクスになりかねないと思い、辛い体に鞭打って、出かけて来た。  ところで、Janine Jansenという名は、初めて耳にするアーテイストだが、オランダ生まれのまだまだ20代前半(らしい)のスレンダーで美しい女性だった。そんな女性が、クリーブランドオーケストラをバックに、堂々と演奏する姿を見ていると、風邪でだるい体も、自然に姿勢がただされ、じっと聞き入る以外出来ない。こういう事を、世間一般では、”カリスマ”と呼ぶのだろうか? 久しぶりの魂の洗濯という感じで、コンサート後、咳が出て初めて、自分が風邪を引いていた事に気がつくのだった。

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A battle with cingular

本来なら、社名を書かずに、こういうコメントを書きたかったのですが、これだけの精神的な苦労を与えられると、書かずには、いられません。 9月に解約した携帯電話の件で、今なおトラブルが続いている。全くをもって、常識では、考えられない事なのですが、こんな事は、アメリカでは、普通の事なんでしょうかね? トラブルの具体的な内容は、9月に解約したはずの携帯電話サービスの請求書が、11月に送られて来た事が、そもそもの始まりだ。使ってもいないのに、請求書が送られるとは、おかしいと、問い合わせてみると、解約されていない事実が発覚。そこで、解約時に電話口で述べられた解約番号を伝え、こちら側の立場の正しい事を訴えた。この際には、向こう側の誤りの事実を認め、11月に送られた請求金額は、撤回される事に。ここで、問題解決と思いきや、翌月また、請求書が送られて来た。ここで電話すると、コンピューターシステム上の問題だったという事で、その請求書は、無視してよいといわれたので、その通りにして、放っておくと、今月になって、先月の未納金+利子が上乗せされての請求書が送られて来た。さすがに、切れました。「おまいら、そうやって小銭かせいでいるんじゃないだろうな!!」って感じだ。でも、案外、昨今の電話会社やらインターネットプロバイダーの言うのは、こういう事をして、間違って支払ってしまうお客様からの収益を見込んでいるらしい。我が家に送られて来た請求金額も微々たるものだ。トニーは、「払ってしまえば済む事だから」と、相手の思うがママの意見を述べているし。これが、私には、許せない。なぜ、私が、こんなトラブルの多い会社に、募金しなきゃいけないのだ。それだけあれば、ビデッジデイスカウントで、なん着の服が買える事か!! 今日は、朝から、この支払いの義務などない未納金について、cingularのカスタマーサービスにびしっ!と活を入れる目的で電話をした。ところが、腹の立つのが、向こう側は、最初から誤りの事実を認めて、「はいはい、申し訳ありませんでした。今すぐコンピューターにアクセスしてなんたら」と、優等生的な対応をしてくるのである。思えば、11月に電話したときも、こんな対応に騙されてしまった。その際には、これで問題解決は、間違いなし!と思った。電話の向こうで、タイプする音が聞こえ、「コンピューターに情報を入れましたので、来月の請求鵜書は、$0になっているはずです」と、タラさん(今日対応してくれた人)。これで、「はい」と電話を切るのも、なんだか腑に落ちない。「来月、金額入りの請求書が来たら、訴える準備は、出来ていますよ」と一言。この、「I ‘m gonna sue you(訴えてやる)」という言葉。これがどれだけ、ここ数十年の間で、アメリカ社会を住みにくい社会にして来た事か、嫌という程、トニーから聞かされている。しかし、この場では、やはり、この言葉しか出て来なかった。 そんな自分が、情けないけど、何も言わなかったら、それもそれで、腹の虫が治まらない! おい、cingular!いつまでも、いい加減な仕事しているんじゃないぞ!!

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新しい家族

 綾花の学校に、1匹の魚がいる。この魚は、教室に向かう廊下のテーブルの上の水槽にいて、綾花は、学校に行くと、必ず 「おはよう」 と挨拶して、帰るときには、「また明日ね」 と声をかけて行く。昨年夏、この学校の見学に来た際、恥ずかしがって、私の後ろに隠れてしまった綾花を考慮した先生が、「お魚にえさをあげてちょうだい」と、お願いしたのを機に、綾花は、この魚が大変気に入ってしまったのだ。 学校に行く様になってからは、毎日、「魚にえさをあげたい」と言うけど、これは、先生の仕事なので、えさの代わりに、声をかけてあげたら、と提案したのを機に、綾花のへんてこな習慣が始まった。それでも、えさをあげたい気持ちは、消えきれない。それなら、綾花の魚にだったら、綾花がえさをあげてもいいということで、本日から、我が家に、2匹のコメットが仲間入り。まだ新しい環境に慣れてないのか、水が合わないのか、水槽の底で、2匹寄り添い合って、動かない。綾花の学校生活の様に、早く新しい環境に馴染んでくれるといいなあ。

that's my baby

子供の基地

 最近、私の周りにいる7〜10ヶ月くらいのベイビー達の間に、”人見知り”が流行っている。これまでは、皆で集まっても、変わりにだっこ、なんて結構できたけど、最近は、それもよけいな好意になりかねない。しかし、こうして、人の子供の成長を見ていると、既に忘れかけてしまった、数年前の自分と綾花の事を、客観的に振り返られる機会になる。綾花の人見知りも長い事続いたなあ、とか、でも、振り返ってみれば、ある時突然消えていたとか。    ところで、客観的に過去を振り返ることが出来、初めて気がついたのだけど、綾花に限らず、子供にとって、母親の膝というのは、基地みたいな物なんだなあ。歩き始めた、友人の赤ちゃんは、数歩歩いてみても、必ずお母さんがいる事を確認し、見かけない人が来たら、ひとまず基地へ戻ってくる。この、戻れる基地があってこそ、赤ちゃんは、安心して、行動範囲を広げて行ける。こう考えると、3歳半の綾花が、一人で学校に行けるのも、立派な成長ではないか。私という基地が目に見えていなくとも、戻れる基地がある事を認識しているからこそ、学校でも安心して時間を過ごしていられるのだから。  ところで、綾花の学校では、生徒を教室まで送って行くのは、鉄則であるが、子供と別れる際に、必ずハグをする様に進められる。迎えに行く時は、そういう規則はないけど、自然に綾花から抱きついてくる。これも、いったん、基地とお別れし、基地に戻ったと意識させる、子供なりの儀式なのでは、ないかな?とふと感じる。

that's my baby

親ばか日誌(バレエ編)

 今月から綾花の学校が始まり、私たち親子は、毎日7時半起きの生活が続いている。学校は、午前9時から12時で、毎日通うのだが、これに加え、今まで習っていた、バレエとジムも引き続き通っている。今までの様に、午前中のクラスには、参加出来ないので、夕方からのクラスに変更した。本人は、「疲れないかな?」という、親の心配などよそに、やる気満々で、クラスに望んでいる。そして、綾花のやる気とは、裏腹に、送り迎えやら、綾花の体調を考える私の方が、かなりの気苦労をしている様だ。  それにしても、本人が続けたいというだけあって、バレエのレッスン態度は、かなり真剣で、迫力さえ感じてしまう。クラスの中で、これまでレッスンを受けてきた生徒が、綾花一人なので、何かにつけて、見本になったりもして、本人は、自身満々だ。まだ、バレエを始めた頃の、半べそかきながら、頼りなくしていた時から、たったの10ヶ月なのに、こんなに成長するものだなんて、我が子ながら、すごいなあ、と感心している私です。  

that's my baby

進化するアート

 これまで、綾花には、クレヨンとボールペンを、お絵描き道具として与えていた。時折、絵の具で遊ばせる事もあったが、これは、お絵描きというより、絵の具を混ぜて新しい色を作ったり、手形足形をつけたりする、実験運動に近い遊びであった。 さて、学校に行く様になってからは、色鉛筆、マーカーといった、新しい道具を使って作った作品を、持ち帰ってくるようになり、家でもクレヨンは、使いたがらず、私の学生時代(数年前なんだけど)に使用していた、プラズマ72色色鉛筆を使って、へんてこな絵を描いたりする様になった。  綾花の興味の対象が、徐々に広がって行くのを見るのは、嬉しいけど、プラズマ72色を使わせるのには、何とも惜しい。というのも、鉛筆を使って絵を描くならまだしも、鉛筆削りにはまってしまったのだ。そこで、マーカーを買い与えた。マーカーは、壁や絨毯に書かれると、とんでもない事になるので、最後の最後まで出し惜しんでいたが、仕方ない。  ところで、出来上がった絵の、それぞれの人のおでこに着いている変な物体は、”おでこ”なんだって。なるほど。アーンド、ほっぺの青い物体は、綾花曰く、”クリック”(?)だと言う事だ。いったいなんなんだ?

生涯学習