2008年 日本旅行

日米ハーフの子供の苦悩

なんだか変なタイトルですが、綾花の様な、アメリカンジャパニーズな子供達が必ず向き合わなければいけないこと、、、、それは、第二次世界大戦について学ぶ際の、被害者の立場を学ぶ事。 実は 本日は、私の実家のある甲府に焼夷弾が落とされた日でした。1945年7月6日〜7日未明にかけて、アメリカ群によって爆弾を落とされた通称「七夕空襲」の日です。昼には、黙祷の時間もありましたが、学校でもその話を先生がして下さったそうです。綾花は、学校から帰ってきて英語で、「今日は、空から何かが落ちてきて、沢山の人が死んだ日なんだって」と言い、国語のノートを見せてくれました。そこには、ひらがなで『しょいだん』と書かれていました。先生は、『アメリカ軍によって』という言葉は使われなかった様ですが、これから歴史を学ぶ際、綾花の様な子どもにとっては、とても辛い時間だと思います。アメリカでも1942年12月8日に日本軍による、ハワイの真珠湾攻撃については、しっかり学びます。 2か国の文化を背負って生きている子供達にとって、完全に相手国が悪者と言い切れない複雑な気持ちをどの様に受け止めるのでしょう? こういう子供達は、何が悪くて何が良いのか、、、、深く悩む機会が、人生の早いうちに訪れる事と思います。アメリカでも日本でも、第二次世界大戦は、小学5、6年生の頃に学ぶ事ともいますが、私も自分自信のスタンスというものを、ある程度用意しておいた方が良いのかな、、、、と考えさせられる1日でした。

2008年 日本旅行

写真で見る日本の思い出 5

旅の最後は、デイズニーランドで締めくくった今回の日本旅行。1日目は、雨でしたが、綾花と2人張り切ってランド内を駆け巡り、なんと13回のライド達成。綾花が特に気に入ったのは、カリブの海賊とダンボでした。 お気に入りのダンボには、2日間で3度の搭乗。ダンボの色が全部で5色あり、乗りたい色は指定出来ないのですが、1日目は、2度とも緑で、綾花には、それがかなり不服だった様子。 2日目には、なんとしても違う色に乗る!と意気込んだ綾花。結果は、紫で、まあオーケーという事でした。   トウーンタウン内のミニーの家にて 2日目に合流したなみベエこと、七実子ちゃん。この日は、天気がよく人足ガがかなり多かったため、ライド制覇というよりは、散策気分で楽しみました。 この2人は、写真に写されるのを妙に嫌がって、写真は、ほとんど取れませんでした。 ちなみに、ランドのパレードでは、キャンでイーを配らないから嫌!という 綾花のわがままな理由で、何一つ見学しませんでした。そのせいか、白雪姫以外のキャラクターには、全くあえませんでした。(まあ、いいけどね) 綾花が選んだトニーへのお土産。 成田空港に到着した日、荷物を送ろうと思ってうろうろしていた際に、キオスクで見つけた お寿司キャンデイ。 買いたがる綾花に、「アメリカに帰る日に買おう」と言って諦めさせたつもりだった。 が、帰国日、成田空港につくや否や、「お母さん、お寿司のあめ、買おうよ!」。 (なぜ、覚えているかな?) 仕方なく、到着ロビーまで行って買いました。   クーと記念撮影 「日本に行ったら、一番最初に自動販売機でクーを買って飲みたい」と思い焦がれていた綾花。 日本を発つ直前の記念撮影は、勿論クーと。今回は、リンゴ味、ぶどう味、オレンジ味を制覇しました。

2008年 日本旅行

写真で見る日本の思い出 4

実家滞在中、ほぼ日課となっている 仏壇へのご挨拶   私の実家のある山梨では、ひな祭りは、4月3日だそうで(知りませんでした)、私たちが到着後、母と綾花が私のお雛様を飾りました。 かなりの年代物と手入れ不足のため、ひな壇は、さびて使い物にならないので、テーブルの上に並べてみました。   お友達と金川の森にて こちらでお世話になっている幼稚園で知り合ったお友達の 文音ちゃんファミリーと、金川の森という公園にピクニックへ出かけました。天気は、あいにくの曇り空でしたが、子供達には、そんな事関係ないようでした。3人乗りの自転車(自動車?)を借り、園内の道路(信号や標識などかなり本格的)を乗り回しました。今回、綾花が、初めて取っ組み合いのけんかをけんかした相手は、この文音ちゃんであります。お別れする時には、仲直りもして、これも良い経験です。   綾花がビスコのお菓子を好きだってことを、前回お会いした時に、ちょっと話したら、文音ちゃんのお母さんが覚えていてくれ、今回のお土産にと、こんなビスコのセットを頂きました。 年代物のビスコのパッケージを再現したものだそうです。 (ちなみに、中身は、今のものといっしょ。) 嬉しー!

2008年 日本旅行

写真で見る日本の思い出 3

山梨市万力公園にて  実家から車で30分程行った所にある万力公園。 私も幼い頃は、よく両親が連れて来てくれました。 普段、自分の幼い頃の経験と同じ事を、綾花にさせてあげられないので、こういう機会に出来るだけ体験させたいものです。こちらの公園内には、小さな動物園があるのですが、幼い頃の記憶と全く同じで、しけた動物園でした。(園関連の方、ごめんなさい。でも率直な感想です。) 動物園の他に、自然散策道みたいなものがあるのですが、こちらは、子供心をくすぐるものが結構ありました。その1つが、この小川の飛び石。 綾花は、無事渡ることが出来ましたが、川に落ちている子供達も結構いました。   いとこたちと 今年は、少年野球に夢中になっているいとこたちなので、一緒に遊んだのは、たったの一回。 昨年までは、お兄ちゃんが綾花の世話役と言った感じで、よく面倒をみてくれ、弟の方は、そっぽを向いていましたが、今年は、その逆でした。風船を使って、弟と綾花が野球ごっこに夢中になっている間、お兄ちゃんは、グローブの手入れをしていました。もう4年生だし、ちょっとテレも入っているのかな?   毎度の武田神社 日本に来ると必ず遊びにくる武田神社。 桜の見頃を迎えた時期だったので、多くの観光客で賑やかでした。   武田神社にて、おばあちゃんと 桜です

2008年 日本旅行

写真で見る日本の思い出 2

横浜アンパンマンミュージアムにて    こちらのミュージアムに来場している子供達は、平均2、3歳といった感じで、綾花位の子供は、余り見かけませんでした。 それでも、綾花にとってアンパンマンは、今でもなじみ深いキャラクターなので、本人は、なかなか楽しんでいました。 (館内の混雑ぶりは、田舎からのお上りさんには、かなり圧倒されました。)   横浜みなとみらいの観覧車内にて   この観覧車、2年前にも乗りましたが、綾花は、全然覚えていないって、、、、まあ、前回は、お友達も一者だったし、夜だったし、何より3歳だったので、その頃の記憶なんて、とうの昔に消えてしまっているんですね。(ちっ)今回は、昼間の晴れた日に乗ったので、遠くの景色がよく見え、なかなかでした。   ズーラシアのオカピ 横浜のズーラシアという動物園に、叔父と叔母が連れて行ってくれました。 3月18日(火曜)に行ったら、なんと火曜が定休日。(がーん) アメリカで普段利用している動物園の定休日は、年2,3日(クリスマス、元日など)なので、定休日がある事自体、気にかけておりませんでした。 なので、翌日もう一度やって来ました。 ここの見ものは、日本では、上野動物園のズーラシアでしか見る事の出来ない、オカピだそうです。 山の中腹に位置するこの動物園、園内は、常に坂道との格闘なのですが、オカピは、最後の最後に展示されているので、ここにたどり着くまで実に、3時間(軽食をしたり、他の動物を見たり、園内の公園で遊んだり)。オカピを見る頃には、綾花も私も、叔父叔母も、もうくたくたでした。  でも、オカピ見てよかった。 この動物一見、シマウマの仲間のようですが、実は、キリンの仲間なんですって。お勉強にもなりました。

2008年 日本旅行

写真でみる日本の思い出 1

 ただいま! 二日の夜、無事こちらに戻りました。  そして、そして、やっとインターネットにアクセス来ました♡  旅行中、私のラップトップがネットに繋がらないアクシデントに見舞われ、写真をアップする事が出来ませんでしたので、これから数日にわたり、アップして行こうと思います。この写真、誰より待ちこがれているのは、我がダーリン。トニーは、まだ写真を1枚も見ていないのだ。  ダーリン、どうぞご満喫あれ!  アクロン空港の遊び場で、読書にふける綾花 成田空港宿泊したホテルの中庭で、走りまくる綾花です。ちなみに、この日は、午前2時起き。 日本での楽しみの1つは、パン屋さんにてパンを買う事。でもね、いつも買うパンは、決まっているんです。メロンパン、あんぱん、そしてチョココロネ。 私の人生、もっとバラエテイが必要かしら?    日本のスーパーの魚売り場は、魚博物館のよう。 種類の豊富さとお値段尾安さに、感激です。   貴重な土曜日に、東京からわざわざ会いに来てくれた お友達の子供達。 お姉ちゃんとは、2年ぶりの再会。お互い覚えていたのかは、怪しいけど、仲良く遊べて、綾花は、大満足でした。

2008年 日本旅行

綾花と日本語 ~私の決意~

 日本に来る度、子供の環境適応能力の強さについて、感心させられる。 今週いっぱい、綾花は、こちらの幼稚園に通っているのだが、初登園日からすぐにお友達を作って、楽しく過ごしてきている。 通い始めて、3日目には、今週いっぱいで、登園が終わることを嘆いている始末だ。  園の先生などの話など聞いていて、改めて思ったのは、綾花の環境適応能力は、やはり基本的な日本語の土台があるからこそ、だということ。 特に、人の話を理解できることは、自分の意思を伝えること以上に大切だそうだ。 綾花は、幸いにして、人の話をよく聞ける子なので、どんな状況で、どんな言葉を使うのか、非常によく観察するため、登園2日目からは、周りの子供たちと同じような感覚で言葉を使えるようになっていたと、言われた。  親の私が甘く見ても、彼女の言葉を分析する能力は、ちょっとしたもののように思える。 ちなみに、本日の綾花の発見、 「やさしいには、二つの意味がある、ひとつは、easy、 もうひとつは、kind」 。 これは、お友達から頂いた、折り紙の折り方の本に、作品のレベル分けとして使われていた言葉が頭の中にあって、それが幼稚園での何かの体験を機会に、気がついたのだと思うけど、こういうことを、自身で発見できるのは、すごい!と、正直、感激しています。   今回の日本滞在では、これまで、綾花の英語が先行するにつれ、日本語教育をおろそかにしてしまった私に、やはり、彼女なりのペースで、学べることは、まだまだあると確信を持つ機会を与えられたように感じます。 また、綾花の中にある、環境適応能力を、今後も100%いかせられる様、日常の日本語(文化)への取り組みは、続けていこうと心に誓ったわけであります。

2008年 日本旅行

嬉しいニュース

 私たちのような年頃の人間は、子育てやら、仕事やら、人生の中でも非常に多忙な時期にいて、学生時代の友人などは、疎遠になりがちだ。 私も、こうして実家に戻ってきても、気軽に電話できるような、昔からの友人というのは、はっきり言ってひとり、ふたり、、、、、、、中学時代、テニス部であんなに燃えたのは、なんだったんだろう?とか、年寄りくさいことに思いふけったりしている。  昨日、アメリカの住所宛に届いた友人の手紙を、トニーがスキャンしてメールで送ってくれた。 それは、3月14日付けの日付で書かれた、地元に住む、短大時代の友人からのものだった。 彼女とは、年に、1,2度手紙のやり取りをし、5年に1度くらいのペースで会うお友達だ。 この友人は、膠原病とう難病を持ち、ここ数年も2年おきに入院をしていて、こちらに戻っても、なかなか会えなかった。 そんな友人の手紙には、病気も今は、落ち着いているとあったので、昨晩、早速電話して、今日のランチの約束をした。  私たちは、同じ年でありながら、両極端といっていいほどの対照的な性格と人生で、私自身、彼女から学ぶことは、とても多い。 小学生の時から、難病と生活してきた友人は、自然と行動範囲が狭くなりつつも、ものごとを、奥深く探る思想を徹底している。 そんな彼女の立場にたって、物事を考えるようになると、自分の考えだけでは、気にも留めなかったことに、自然に気がついたりする。  ここ数年、病気の治療を通して知り合った、アメリカ帰りのドクターに、彼女は、非常に勇気付けられ、一人で生きていく覚悟をもって、医療事務の仕事を始めたと聞いてまだ、1年もしていなかった。 トニーがスキャンして送ってくれた手紙にも、嬉しいニュースというだけで、それ以上は、何もかかれていなかったのけど、今日、友人と会うと、なんと婚約したというニュースを知らされた。 余りの驚きと嬉しさで、思わず泣いてしまいました。 婚約者の方は、彼女の病気を理解するため、掛かりつけの医師の下に、3度も足を運んで、彼女の様態、病気の実態、今後の生活で考えられることなど、誠意を持って、話を聞いてくれたと聞いて、私も、その方の魅力がなんとなく分かったように思えた。   友人は、よく、「なんでも挑戦して道を広げて行く私のことを、自分には、有り得ない、他人の生き方だ」 といって、私の話を楽しそうに聞いてくれていたけど、「どんなに難関があっても、それなりに、挑戦すべき壁は、あるし、行動を起こせば、どんな形であれ結果は、でるものなんだねえ、、、、、」 と自身の嬉しい知らせを、なんだか他人のことのように語っていた。 私にしてみると、これも、やっぱり彼女らしい。  この春は、本当に思いもよらない、嬉しいニュースが舞い込んで、私にとっては、忘れることのできない春になりそうです!!

2008年 日本旅行

幼稚園 登園

 昨年に引き続き、春の子育て支援保育という、春休み期間中の幼稚園に 綾花は、通うことになっていますが、本日は、初登園日でありました。 連日、来客があるため、夜更かし気味の我らは、すっかり朝寝坊になって、本日の登園は、お昼近くになってから。  この幼稚園は、実家から徒歩3分程度でいける距離にあるため、登園は、徒歩になりますが、緊張のためか、今朝の綾花の歩く速度は、かなりゆっくりでした。 それでも、園内に入って、顔なじみの先生に  「綾ちゃん、よくいらっしゃいました」 と声をかけられると、昨年の楽しかった思い出がよみがえってきたようで、スムースに園内に入っていきました。 こちらの先生3人は、綾花が2歳の頃から、「母と子のサークル」という会で、帰国の度にお世話になっているので、先生方も私たち母娘のことを、よく覚えていてくださっていて、とてもありがたいです。 綾花にとっても、日本に来たら属する場所がある、ということは、安心感をもたらしてくれる事と思います。  さて、初日の今日は、5時間ほど遊んできました。 家に戻ってから聞かせてくれたお話は、なかなか興味深いものでした。 日本では、佐藤綾花と使っているのですが、小学生のお兄ちゃんが、「{名前がさとうだから、砂糖みたいな甘いお菓子が、大好きなんだろう!}って言った」と、ちょっとむっとしていたり、「今年、綾花は、5歳だから きいろぐみさん なんだよ」 とか。  大きな難関と思われた、登園第一日目でしたが、無事楽しんできてくれて、よかった。 また、明日も楽しく学校に行ってくれるといいなあ。

2008年 日本旅行

野球少年

 綾花には、日本のいとこが2人いる。 2人とも私の兄の子供たちで、8歳と6歳のやんちゃな男の子たちだ。 昨年までは、こちらに遊びに来ると、私たちが滞在する実家に何度か足を運んでくれ、時には、お泊りもしたりして、一緒に遊ぶ時間も十分にもてたのだけど、今年は、そういうわけには、行かないようだ。  実は、昨年秋から、お兄ちゃんが、少年野球に通うことなり、野球練習が毎週末、そして平日でも2日は、あるということで、綾花などにかまっていられなくなってしまったのだ。 そして、熱心に練習に取り組むお兄ちゃんをみて、弟も、幼稚園を卒園したこの春、早速、同じチームに入ってしまったのだ。   連日の忙しい日々の時間を割いて、日曜日、練習終了後の夜、兄夫婦が自宅に招待してくれた。 1年ぶりに会ういとこたちの顔は、連日の野球練習のため、真っ黒に日焼けしていた。 私たちが、いる間は、ずーっとグローブを手にはめたままだった。(綾花も、お気に入りの本を、日本に来て依頼、片時も話さないので、なんとなく、この子の気持ちも理解できる。) 少ししたら、風船で、野球ゲームが始まった。綾花がピッチャーで、いとこ2人が、順番に打っていた。  この少年たち、なんとなく、去年より生き生きとしているように見えたが、義姉さんがいうには、野球を始めてから、学校の成績が、一気に伸びたということだ。 野球の練習を通して、集中力が養われたのと、放課後の練習の際には、宿題をしてから、という決まりを守らせているので、短時間で物事をすませるという、けじめも身についたからなのかなあ?と言っていた。   来年、日本にこられるかどうかは、わからないけど、次に会うときには、この野球少年たちは、どのように成長しているのかなあ? 今から、楽しみです。

生涯学習