いったいなんだったんだ!?

アメリカに戻って時差ぼけからの復活後、短期間で色んなことが起こり、精神的にかなり疲れましたが、今、やっとトンネルの出口が見えかけてきました。(ほっ)

出来事その1 綾花の通院:

日本へ遊びにいく前の歯科検診で虫歯2本が見つかったので、帰国早々に治療に出掛けました。まずは1本目の治療。麻酔の注射の痛みと恐さで、プチパニックに陥った綾花でしたが、なんとか1本目は終了。また来週、2本目の治療がありまーす。

もう一カ所の通院は、なんと ”魚の目” の治療。日本に着いて間もなく綾花の足の親指に タコみたいなものを発見。その後時間が経つにつれ、それはどんどん大きくなる。結局アメリカに戻る頃には、相当な大きさになり、痛みも訴えるようになった。帰国後遊びにいった義妹に 綾花の”魚の目”を見せると、魚の目は、この年頃ではかなり頻繁に見られるものだという。綾花の2歳年上の従兄弟も、足の裏に数カ所の魚の目があって、その治療に通っているという。そこで、8歳検診でホームドクター訪問の際に相談すると、早速 足の専門医に予約を取ってくれた。専門医では、魚の目になんとかという薬を塗って、それを24時間水に濡らさない様に言われた。2週間後ぐらいには、魚の目が柔らかくなって自然に取れるのだという。

出来事その2 綾花の学校:

実は5月あたりから学校問題は、かなり深刻化していた。1月から就任した担任への不信感と、教室内環境に対する私と彼女との考えの相違が、何度か話し合いをしても 一向に合意点至らなかった。そして最後のだめ押しとなる出来事が遠足の際に起ったので、もう腹をくくって学校はやめようと、、、、、でもその他のオプションがすぐ見つかるわけもなく、、、、、、いくつかのオプションを考慮してなんとかたどり着いたのがホームスクールでした。そこで、日本に行く前に、ホームスクールに関する本、3年生の学習参考書等数冊用意して、日本滞在中何となく目を通していました。アメリカに戻ってからは、話を本格化、ホームスクール申請書を市の教育委員会に送り、家庭教師をしてもらう先生との話し合いを、、、、、と言う矢先、家庭教師の先生が、とあるモンテソーリ学校に雇われる事になってしまいました。実は、この先生、綾花が1年生の時の担任で、非常に素晴らしい授業を行う先生でしたが、ちょっとした行き違いから、以前の学校を1年でやめさせられる事になってしまったのです。私は、ホームスクールを決定した際、即彼女の連絡先を探して相談し、1年間私の力になってもらえるという事になっていたのですが、、、、しかし、よくよく考えると、その先生が別の学校でまたお仕事をされるなら、そこに通わせるのが一番なのでは?と、その学校の校長先生に連絡して、学校の見学をさせて頂きました。綾花もその学校は気に入って、是非通いたいという事で、そちらの学校への入学の話を進めているところです。

こうして今は、なんとか先の見通しもついて落ち着いてきましたが、この決定に至るまでの心の葛藤は、かなり大きなものでした。というのも、7月あたりから自分自身の気持ちを切り替え、学習指導内容についての学習、1年間の学習の流れ、家庭以外でのプログラムのリサーチと交渉等等、、、、、これらに費やした精神力がすべて必要なくなってしまったのだから、気も抜けるのは当然で、、、、綾花を学校に通わせるかどうか、、、、この決定に関しては、感情的判断と、理性的判断の間を行き来する状態でした。

ところで、2ヶ月半を無駄にした様な今回の1件ですが、もしこの行動を起こさなければ、結局は何もならなかったのも事実なんです。というのは、私が前年の学校や担任への不満を持っている事を知った父兄2名が、彼らも同じ考えだという事で、学校終了後に私に連絡をしてきたところから、ホームスクール案だの他の学校探しについて話し合い、また私の検討している家庭教師案にも同乗する可能性もあるということで連絡を取りあっていました。そして私が日本滞在中、その父兄の一人が、今度綾花が通う予定のモンテソールスクールを見学し、私の家庭教師の名を挙げたそうです。実はその学校も、小学校低学年の先生を探していたとのことで、これを機に、私の家庭教師は、学校側と連絡を取りあい就職に至ったとのこと。すべて間接的に、でも全体から見たらどこかで繋がっている、不思議な話です。

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