東京デイズニーランド

2年振りに東京デイズニーランドに行って参りました。なんと今回は、思い切り遊び尽くそうと、3日間。とことん遊び尽くす覚悟で出掛けて参りましたよーん。

今回は、東京に住むお友達が 最初の2日間ご一緒してくれました。お友達の4歳になる女の子、まほちゃんは、綾花を慕ってくれる貴重な子供でした。綾花も、お姉さん気分を味わえ満足満足。

あやかは、最初のうちは まほちゃんと、テイーカップやスモールワールドなんかのソフト系ライドを楽しんではいましたが、まほちゃんと合流する前、最初にいきなり乗ったスペースマウンテンでの刺激が忘れられず、終止コースター系の乗り物をおねだりしたりして、ちょっとうるさかったりも、、、

途中、まほちゃんと別行動を取った時には、スプラッシュマウンテン、ビッグサンダーマウンテンへ直行でした。2日目のデイズニーシーでは、まほちゃんと別れた後、レイジング スピリットという1回転するコースターに5回連続で乗って、最後には私の具合が悪くなってしまった程です。なんでもとことんまでやらないと気が済まない我が娘、、、、今回のデイズニーでは、コースター系を中心に、かなり満喫出来た事と思います。

七夕まつり

今年の七夕は、朝から曇り模様の冴えない1日でした。天上では、織り姫が深いため息をついてふてくされている事と思いますが、地上では、七夕祭りで大賑わい?

その昔、春に日本に来た時に ”春祭り” を経験した事のある綾花ですが、彼女の記憶には定かでない様子。なので、今回は、ほぼ初お祭り体験です。 アメリカから持ってきた浴衣と不釣り合いなクロックスを履かせ準備万端。 先日お誕生日を一緒に祝った、2歳のじゅんせい君一家と一緒に出かけてきました。

お祭りの出店で、私が一番好きなのが ”金魚すくい”ですが、やはり私の血を継いだ娘だけあって、綾花もすっかりはまっていました。しかし、棒立ちですくおうとするその姿勢は、まだまだ本格的ではないですねえ、、、「座らなきゃ駄目よ」と言っても、私のアドバイス等無視して、終止棒立ち状態の綾花でした。結局は、2回挑戦して0匹。でも、おまけで1回の挑戦に付き2匹もらえたので、合計4匹の金魚をもらって帰ってきました。

金魚の他にも、ヨーヨー釣(最近のは、私の記憶に残るものとは全然違っていて、驚きでした)、綿あめ、チョコバナナ、かき氷を買って、大喜びの綾花でした。

私はその昔、お祭りが大好きで、小学校5年の文集に、『将来は、お祭り屋さんになって、毎日お祭りを楽しみたいです』と書いた程です。その文集を書いて30年余の月日が流れたいま、お祭り屋さんではないけど、気分は1年中お祭り屋さんに似た状態ですね。人間の根本的な所は、結局の所変わらないものなんですね。

日米ハーフの子供の苦悩

なんだか変なタイトルですが、綾花の様な、アメリカンジャパニーズな子供達が必ず向き合わなければいけないこと、、、、それは、第二次世界大戦について学ぶ際の、被害者の立場を学ぶ事。

実は 本日は、私の実家のある甲府に焼夷弾が落とされた日でした。1945年7月6日〜7日未明にかけて、アメリカ群によって爆弾を落とされた通称「七夕空襲」の日です。昼には、黙祷の時間もありましたが、学校でもその話を先生がして下さったそうです。綾花は、学校から帰ってきて英語で、「今日は、空から何かが落ちてきて、沢山の人が死んだ日なんだって」と言い、国語のノートを見せてくれました。そこには、ひらがなで『しょいだん』と書かれていました。先生は、『アメリカ軍によって』という言葉は使われなかった様ですが、これから歴史を学ぶ際、綾花の様な子どもにとっては、とても辛い時間だと思います。アメリカでも1942年12月8日に日本軍による、ハワイの真珠湾攻撃については、しっかり学びます。

2か国の文化を背負って生きている子供達にとって、完全に相手国が悪者と言い切れない複雑な気持ちをどの様に受け止めるのでしょう? こういう子供達は、何が悪くて何が良いのか、、、、深く悩む機会が、人生の早いうちに訪れる事と思います。アメリカでも日本でも、第二次世界大戦は、小学5、6年生の頃に学ぶ事ともいますが、私も自分自信のスタンスというものを、ある程度用意しておいた方が良いのかな、、、、と考えさせられる1日でした。

6月生まれの従兄弟たち

もう1週間程前の話だけど、2年前の6月4日に生まれた従兄弟のじゅんせい君と綾花が、今年初めて対面しました。(トニーもね)私は、昨年一人で日本に来た際にあったのですが、その時には、そろそろつかまり立ちをする時期でした。1年たった今では、自由自在に歩くのは勿論のこと、おしゃべりも上手で、成長の早さに驚くばかり。

綾花もじゅんせい君も誕生日は とっくに過ぎてしまいましたが、この機会に一緒にお誕生ケーキを食べてお祝いする事にしました。ケーキは、私の幼なじみがお父さんの後を継いだ近所のケーキ屋さんです。この幼なじみは、小学校6年間一緒に学校に通ったお友達で、彼女のお父さんに、私のウエデイングケーキも作ってもらったんです。おじさんもまだまだ現役ですが、友人とそのお婿さんが商品の半分を担当しているそうでが、幼なじみが幼い頃から「ケーキ屋さんになりたい」という夢を叶えた事に感心するばかリ、、、、私と言えば、昔から現実とかけ離れた事ばかり夢見ていて、今の生活も、幼なじみに言わせれば、そのまんまだって、、、そうかもね。

友人とご主人で焼き上げてくれた、イチゴのショートケーキを皆で頂いた後は、花火で楽しみました。じゅんせい君は、自分でするより、綾花があげているのを眺めるのが心地よい様子で、「おねえちゃん、もっと」と、花火が終わる度に、綾花に花火を持ってきてくれました。日本に来て以来花火にはまってしまった綾花にとっては、何とも都合のいい夜でありました。

箱根旅行

本日は、アメリカの独立記念日ですね。そして叔母の誕生日です。でも何もお祝いしなくていいのよ、という言葉に甘えて、お誕生日おめでとうのメッセージだけ。(ほんとに、それだけで良かったのかしら?)

ホテルをチェックアウトする前に、入り口に飾られていた七夕飾りに、願い事を書いた短冊をつけさせてもらいました。今回は。行く所、行く所で七夕飾りがあって、昨年、我が家で厳かに祝った七夕とは大違い。やはり、伝統行事っていうのは、こうやって身につけて行くのよね、、、、

チェックアウト後、最初に訪れた 箱根水族館のメインの水槽の中にも、七夕飾りが飾られていました。それぞれの短冊は、ラミネートしてありましたが、水中七夕飾りを見たのは、人生初めての事だというと、「日本人のお母さんでも、見た事のない日本のものがあるの?」と綾花は驚いていました。そうよ、世の中は、まだまだ知らないものだらけなのよ。

水族館で飽きずに、ふぐを追いかけ続けた綾花ですが、そこを出る頃には、お昼時。今日は、月曜日ということもあって、お昼時にお昼ご飯にありつけました。その後、芦ノ湖で遊覧船にのってしばしの船の旅を楽しんだ後は、叔父が甲府まで運転して送ってくれました。

こうして、日本に来ると色々案内してくれる叔父叔母には、本当に感謝しています。綾花も、お土産屋さんで見かけた欲しいものをいっぱい買ってもらって、良い思い出が出来たようです。それにしても、綾花は、日本に来ると、かなり甘やかされます。親としては、有り難い様な、そうでない様な複雑な気持ちであります。

箱根旅行

日本に来る度に、旅行に招待してくれる叔父と叔母が 今回綾花と私を連れて行ってくれたのは、箱根温泉。箱根って、山梨から近いのに一度も訪れた事のない場所です。横浜の叔父叔母との待ち合わせは、箱根湯本駅だったので、甲府ー新宿へバスで出掛け、箱根湯本までは ロマンスカーを使って行きました。ロマンスカーの旅はとっても快適で時間も短時間だったので、是非箱根には、また今度トニーと行きたいなあ、、、と思いました。

箱根湯本で叔父の運転する車に乗り、そこから今夜の宿泊地、強羅まで一気に行ってしまいました。さすが東京から近い観光地だけあって、昼ご飯を昼御飯時に食べようとしても、どこも行列が出来ていてなかなか昼御飯にありつけませんでした。2時ごろトンカツにありつけた後は、ケーブルカーとロープウエイを乗り継いで大湧谷までの、プチ登山(ってほどでもないか)に挑戦。

山の肌からわき上がる硫黄の匂いが何とも言えない、イヤーな匂いでしたが、それもここならでは。綾花は、この煙がなんなのか知りたくって、電子辞書で硫黄を英訳してあげましたが、英語も知らない名前。これはもう、ビデオに撮影して、アメリカに帰ってからトニーに説明してもらうしかないか、、、、情けない母親です。

大湧谷を降りる頃に、土砂降りの雨に見舞われ、下りのロープウエの車内からの眺めは、見事な霧。降りて行く先が見えない、というのは、とっても怖いものだと知りました。

この後は、ホテルにチェックインして、貸し切り風呂でリラックス。そして夕食を頂き、私と綾花は、温泉第2に入る事なく寝てしまいました。ちなみに、今朝4時にトニーは、アメリカへ帰って行きました。夜寝付く直前に綾花は、お父さんの事を思い出して泣いてしまいました。そうね、これから2、3日は、ちょっとつらいよね。

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