歓びも 哀しみも

『絶望の虚妄なること、まさに希望に相同じい』

『喜びもなく、亦、憂いもなし』

気違い沙汰されたドンキホーテが死床で、自分のやって来た事がいかに馬鹿げていた事と気がついた時、それまで、彼を気違い沙汰して来た人々は、懸命に彼の行なって来た行為を肯定する。

悪天候、休校、娘の体調不良等重なって、家にこもっている時間が多いこのごろ。こんな時は、これまで視界に入っていながら、なかなか開く覚悟の出来なかった本を読もう!って気になる。

私の通う地元の図書館の日本語コレクションから借りて来た 遠藤周作の「生き上手、死に上手」、知人から長い事借りたままでいる 茨木のりこの詩集「倚りかからず」、何年も前から読んでいるのに、なかなか終わらせられない「ドン、キホーテ」。読むとなったら、3冊同時にというのが、私の変な癖。でも不思議なのは、3冊の内容が、何となく共通している事。文学は、(音楽でもなんでもそうだけど)読み手の心理や経験、その時の感情で訳されるので、皆私なりに解釈しているからって事もあるんだろうけど、、、それでもなんだか不思議な感覚です。

そういえば、作曲家、ヴァイオリニストのフランツ、クライスラーの曲にも「愛の歓び」「愛の哀しみ」という2曲があった。

本日の読書感想でした。

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