個人の視点から 社会の視点へ

 この夏、私たちの住むコミュニテイーでは、何度かコミュニテイーミーテイングが開かれた。公園を中心とした我が住宅街では、ここ数年 空き巣や庭荒らし等の被害が増え それらをなんとか阻止出来ないものか、、、、ということが、集まりの目的だった。 が、実際参加してみると、話し合いというよりは、公園内にあるバスケットボールコートとパビリオンの撤去運動に賛同する為の署名集めが目的だと言う事が分かった。 

 その訴え運動を起こし始めた70代の女性は、バスケットボールコートとパビリオン(ピクニックの出来るシェルター)があるおかげで、この地域以外の人々がこの公園を多く利用するようになり、私たち近所に住む人は、そういう品のない人間達に脅かされ、安心して公園に来ることも出来ない、という言い分だった。 この意見に賛同したのは、似た様な年齢層の人が中心だった。 で、小さな子供がいて、公園で私が頻繁に会う若い人たちは、???という反応であった。 様は、ちょっと離れた地域のアフリカンアメリカン、メキシカンの人たちがここを利用する事が、お年を召された方には、気に入らないのだと、何となく思った。 

 ここで不思議に思うのは、この公園は市の公園だ。誰が利用したっていいものなのに、ご年配の方達は、まるで自分達の所有物の様な言い草なのだ。そして、バスケットボール撤去などという大胆な発想には、思わず目が点になってしまった。が、実際にバスケットボールコートを撤去した公園が、近くにあったんです。やはり似た様な理由で。そして、犯罪が多発した公園等は、公園自体が撤去されたり、、、、なので、ここ数年、確かに 我が地域の公園には、そういう人々がやって来ているのも確かな話だ。だからといって、バスケをしている人たちに、脅かされる様な経験等した事などない。3ヶ月に1度くらい、真夜中にバスケをやっている人がいるけど、だから寝られないなんて事もないし、、、、庭荒らしには、何度かあった事があるけど、バスケをやっている人との関連性は感じられない。

 それよりも、バスケットボールコートを撤去したところで、逆に恨みがでたり、遊ぶ場所のない人たちが、エネルギーを余らせて犯罪に走る事だって考えられる。自分の住む地域さえ良ければ、それでいいのか、、、もう少し社会全体を視野に入れ、ある程度の事には寛大になるべきなのでは、ないのかなあ、、、

 こんな話題をあげたのは、昨日、バスケットボールコート撤去の話を、地域の代表者にお願いするかどうか、という投票が行われたんです。結果は、お願いを希望する人がたったの15人だったので、これ以上話は進めないことになりました。人種差別と言うか、ジェネレーションギャップというか、この国にはびこる複雑な社会問題を感じた経験です。

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