間接教育

私は、自分自身の勤勉のなさ、目標達成への意識の低さ、努力嫌いという性癖をふまえ、自分の子供には、是非そうなって頂かない様に心がけた教育を行っています。ない知恵を絞り絞り行っているのは、”間接教育” もしくは、”環境教育”という言葉が、当てはまるのではないかと思います。

この教育法はといいますと、ようは、自分が勉強している姿を子供に見せ、子供に、「私にもできそう」とか「楽しそうだからやってみよう」的な意識を持たせることです。この意識こそが、学習、その他への取り組みにおいて最も重要なのは、薄々気がついていましたが、いまでは、ほぼ確信しております。

特に力を入れているのは、ヴァイオリンです。私がヴァイオリンを始めたのも、すべて間接教育の一環でありました。(が、今となっては、私もかなり本気です。)最初の先生には、綾花が2歳半の時に習い始めました。しかし、この時は、焦る気持ちが見え見えで、子供の目には、全然楽しそうに映っていなかったようです。先生のお引っ越しとともに、習う事から、趣味で弾くという気持ちに切り替え始めた頃から、綾花も「弾きたい」と言い出す様になりました。それが、5歳の時です。それ以降、バイオリンの練習は、ほぼ日課となっています。

そして1年半経った今、「将来は、ヴァイオリンの先生がいいかも」なんて言葉が出る様になりました。たかが6歳半の子供の言葉ですが、その瞬間瞬間を大事に生きることをモットーとしている私は、先生としての体験もさせてあげたいのが親心。そこで、学校でボランテイアとして定期的に行っている、最年少クラスでのヴァイオリン演奏会でのプログラムは、2、3日かけて綾花と作り上げます。クラスの子供達の特徴は、ある程度把握しているので、「手拍子させると、盛り上がりすぎてダメかも」とか、「皆が知っている歌を弾いた方がいいよ」とか、「二重奏にしたらきれいだから、子供達はうれしいかも」とか、それなりの考えをプログラムに変えて行きます。そして、たったの10分ですが、先生体験をさせてあげられるわけです。

話は 変わりますが、その昔、小学校低学年のころ、私が獣医さんになりたいと言う夢を母に話したら、「じゃ、勉強しなさい」という言葉が返ってきた。そこで、2、3日は、宿題以外の勉強をしてみたのだけれど、何も変わらなかった、、、(当たり前か)。努力嫌いな私もいけないけど、具体性のない母の導きは、もっといけない、、、、子供にとって、目標を達成するという事は、余りにも抽象的すぎる。そこで、目標を達成する為に具体的に何をこなして行くのかを考え、年齢に応じた目標を与えて行くことは、親がすべきことなのでは、ないか?

これって、私の努力嫌いの言い訳? でもね、親になった私は、今の所、これが大事な事と思っています。そして、子供と一緒に勉強出来る機会を与えられた事もまた、運のいい事だと思って感謝しております。

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