賢者のペン

 私自身の話である。哀しい過去の事実ではあるけど、今では、笑ってブログのネタに出来てしまう。そう思うと、自分も成長したなあ、、、と思うのである。

 話は、ある友人からの相談の電話から始まった。友人のごく身近な人物が、お金のない生活を嘆いて、友人に精神的に迷惑を与えていると言う。私の友人は、その人物がお金に振り回される姿を嫌という程見て来て、吐き気を覚える程であるそうだが、彼女のおかれた立場上、すべてを見放すわけには行かないのだそうだ。 彼女の相談は、今に始まった事ではないので、私も何となくその人物の精神状態が分かる様に思う。

 さて、彼女の相談を、解決する目的ではなく、私の立場から、私だったら、、、、、、、という事で、話は始まったのだが、”お金に振り回される” という事の精神状態の裏にあるもの、、、、という事に話は展開していった。そこで、例に挙げたのが、恥ずかしながら自分の過去の事だった。 若い頃というのは、勢いや見せかけで何でも乗り越えられると言う、浅はかな考えが案外現実身を帯びたりしている。(私だけか?)そして、さらにバブルの絶頂期という事もあってか、私何ぞは、本当に軽薄な人間だった。特に、ブランドで自分の身を築き上げるなんてことは、かなり得意であった。当時流行っていた、「ものマガジン」を読みあさり、物を買う為の情報を得る為に、(しかも本当に必要でないもの)お金を払っていたのだ。(そのお金でAPPLEの株を買っていたら、今頃は、、、、この考えも浅はかかしら?)

 「賢者のペン」は、ものマガジンに取り上げられていたものの1つだった。当時、東京にて不動産営業に携わっていた私は、営業と言うことで、お客様に少しでも良い印象を与えたいと、賢者のペンには、速攻心を碾奪われたのでした。雑誌の記事を、出勤中の電車で読んで以来、私の心は、いかに早くそのペンを手に入れるか、、、という事にとらわれ、結局その日の予定にあったアポイントを2件キャンセルし、その足で銀座の伊東屋へ出向いて、賢者のペンを手にした訳です。残念ながらそのペンは、私の営業業績を伸ばしてくれた訳ではありませんが、購入後2,3年は、「このペンを持っていれば、賢者である」というマインドコントロールから逃れる事は、出来ませんでした。

 今思うと、未熟な人間でした。この頃の私には、生きていく上での確固たる信念というものがなく、とにかく、物を所有することによって、自分のステイタスを築き上げていたのでした。それから何年も経った今、地理的にも遠く、年齢的にも大人になり、あの頃の自分から解放された心地の良さを感じずには、いられません。友人にこう話しました。お金に振る舞わされている問題の人物は、賢者のペンにしがみついていた私と同じなんだね、と。こうして、物に頼って強がって来た自分の姿を受け入れ、笑い飛ばせるのは、なんて愉快で爽快なんだろう。友人に精神的苦痛を与えている人物も、是非今の自分の姿を笑い飛ばせられる日が来る事を願わずには、いられません。

現在コメントは受け付けていません。.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。