私の鈴木式

 本日は、2週間振りのヴァイオリンのレッスンでした。 

 ここ4ヶ月程、私は、bナチュラル、fナチュラルの音を レパートリーに加え、左手の中指が、弦上をあっちに行ったり、こっちに行ったりそれはそれは、大忙しである。 (叙述下手のため、ナチュラルについての詳しい説明は、避けさせて頂きます。) 

 さてさて、前回私に与えられた課題は、バッハのメヌエット3。 この曲は、鈴木式バイオリン教法の教本のものである。 鈴木式を理解しようとしない先生に、しつこく鈴木式教本の使用を迫っている私なので、先生は、ここ数ヶ月は、鈴木式教本から課題を出してくれる。 そして、今回の課題、メヌエット3には、bシャープ、bナチュラルの入れ替わりが目まぐるしく入っているのが第一の難関でした。 (ちなみに、頑張って説明しますと、バイオリンでは、各音を出すのは、左手の指の弦を押さえる位置によるものです。ピアノのように、ここを押したら、ドの音が出る、というものではありません。自分で音を探って、その音が出る場所を、左手の指で押さえなければいけません。) そして、bシャープもbナチュラルも 同じ第2指(中指)で押さえますが、半音違いのため、指を押さえる位置が、微妙に異なります。 先ほど申した、第一難関の理由は、同じ弟2指を使うのに、1曲弾いている間に、押さえる位置を何度も変えなければいけないからです。

 

 さて、先生は、この難関の事がかなり気になっていたようですが、まずは、通しで私が弾いてみますと、この難関は、全く難関になっていなかったことに、驚かれていました。(他の点で、注意された箇所は、多かったのですが)先生は、「あなたは、bナチュラルも、bシャープも見事に弾きこなし、しっかり楽譜が読めているのねえ。」 ここに、意義あり! 「先生、違うんです。 私は、この曲を過去5年間、何千回と聴いてきたんです。だから、その音に合うように、自然に指が位置を変えるんです。」 「それでも、楽譜が読めなきゃ、あなたのように弾けないわよ。」 「いいえ、楽譜など、見てるふりして、何も見ていません。今、どこを弾いているか、『その箇所を指せ』等と言われたら、もうおしまいです。」と、心の中でつぶやきました。

 私は、この先生を私と綾花のバイオリンの先生と決めた時、鈴木式については、かなり妥協しました。この先生には、鈴木式は、理解出来ないんです。 それでも、ド素人の私にとっては、学ばせてもらえるものが多かったので、この先生から学べるものをすべて学ぼうと、心に誓いを立てて、入門したわけです。 それでも、家での練習は、鈴木式環境を取り入れて行なっております。いわば、自家製鈴木式とでも申しましょうか。(日本でお世話になっている先生は、鈴木式公認の先生で、この先生に電話で、教えを被る事もあります) 

 上手く説明出来ませんが、今回の、私と先生との考えのギャップは、鈴木式を理解しているどうか、というところにあると思います。 鈴木式では、与えられた課題曲のお手本(教本には、課題曲の演奏されたCDが必ずついてきます)を何度も聴いて、音楽を感情の一部とする事。 これは、例えば、言葉を話す時、感情と使う言葉が一致するという事に似ています。 課題曲を、心の中の言葉として、バイオリン上で再現するということ。 そのためには、その曲を見事に弾いたお手本が必要なんです。 鈴木式では、このお手本を自分の感情に置き換える事は、楽譜を読む事より重要だと言われています。 (この点において、従来の教法支持者の反感があるわけです。) そして、今回のメヌエット3に関しては、私は、鈴木式の成果だと実感しています。(課題曲の練習を始めて依頼、ほとんど楽譜を読まずに弾いていましたから。)←先生が知ったら、激怒するかも、、、、、

 

 しかし、コチラの先生のおっしゃりたい事も、良くわかります。 早くから楽譜を読める癖を付けておかないと、万が一オーケストラで弾くことになった場合に、楽譜を通しての指揮者の指示が分からなかったら、使い物にならない!と。そういう事です。 でもねえ、私は、そんなたいそうなことは、考えていなくて、ただ好きな音楽を弾いてみたいって、それだけなの。 だから、音楽を自分の感情ベースで弾けるように養育してくれる鈴木式が好き。 そういう事なんです。でも、綾花の場合は、やっぱり楽譜読めるようにしておいた方がいいかな、、、本人は、将来バイオリンの先生になりたいって言っているし。