バイリンガルへの道

 国際結婚して、異国の地で子育てしている 私のような環境におかれている人だったら、少なからず、子供の2カ国語教育に興味をお持ちの事と思います。 私もこの5年 試行錯誤の毎日を送って来ました。 

 

 これまで我が家で行ってきた内容を 簡単に振り返ってみますと、2歳半位までは、出来る限り、家の中の会話を日本語にしました。 ちなみに、トニーは、日本への高校留学経験もあり、日常会話は、まあまあ出来ましたが、この期間は、かなり率先して日本語の勉強をしていました。 本人いわく、この2年半の間の日本語獲得の効果は、かなり大きいとのことです。 絵本の読み聞かせも、生後3日目からはじめましたが、1年程は、手持ちの3冊の本のみ読んでいたので、トニーも、この本においては、読み聞かせがとても上手でした。 ところで、綾花は、興味があるもの(大抵の物)にたいして、非常にじっくり取り組む性質なのですが、ひょっとしたら、1年間の3冊のみの本の読み聞かせと、何か関係があるかもしれません。

 

 2歳半以降、家でも英会話が使われる様になりましたが、それには 2つの理由があります。 1つは、1年に数回しか会わない、私の家族に対して人見知りは、全くないのに対し、アメリカの家族にたいして、非常に人見知りがあったことと、トニーの日本語のイントネーションが変だと指摘しはじめたこと、でした。 日本語独特の 擬態語、擬音語、例えば、人を呼ぶ時の 「おーい」 とか、ブランコの揺れる音、「ぎーこん、ぎーこん」という言葉が、アメリカ人には、なかなか難しいようで、この手の言葉がある本をトニーが読む事を、綾花は、非常に嫌うようになったのです。 そこで、トニーのみが、英語での会話を使う様になりました。 3,4歳というと、子供は、聞いた言葉を真似て話す時期なので、英会話は、あっという間に、上手になりました。 そして、バイリンガルとは、関係ありませんが、この頃は、本の読み聞かせにおいては、好きな本を20回くらい読んでもらう事を、常に求めた時期でもありました。 そして、夜寝る前に読んだ本を、翌日には、すべて暗記して話していたものです。 この時期、特に好きだったのが、俳句の絵本と、「Mouse Paint」「Brown Bear Brown Bear What Do You See?」でした。

 綾花がこちらの学校に通い始める様になったのは、3歳半からです。 学校の効果とは、非常に大きいもので、通い始めて見る見るうちに、3文字からなる英単語のスペルなど、どんどん言える様になり、そしてあるアルファベットもあっという間に、見よう見まねでかける様になりました。その延長で、ひらがなもあっという間に覚えてしまいました。 日本語は、英語と違って、ひらがなが読めると、文章も読めるので、好きな本を選んで、字面を追って本を読む様になりました。 しかし、これは、一時的な物で、未だ、自分で本を読もうとは、していません。(余り早いうちから、無理矢理読ませると、逆に、本嫌いにさせてしまう可能性があると、聞いたことがあったので、自然のなり行きに任せることにしています。) 

 5歳になった頃には、簡単な英語の本は、スラスラ読める様になりました。 英語の教育を意識したことは、一度もなかったので、これには、私たち夫婦が一番驚いています。 5歳になってすぐの夏に通った、リーデイングキャンプでは、2学年上のコースをすすめられる程でした。 英語の読書については、間もなく6歳を迎える今も健在です。 5歳から6歳になるこの1年は、本人も英語を非常に楽しんでいる時期だったと思います。トニーには、ナーニア王国のお話、長靴下のピッピ、チャーリーとチョコレート工場などの本を常に読んでもらい、綾花自身は、ポニープリンセスだの、宝石の妖精だの、シリーズ物の本を買い集め、同じシリーズを持っているお友達と、本の内容を話し合ったり、主人公になりきって、妖精ごっこを楽しんだり。

 この1年は、日本語をほとんど使わない1年でもありました。 私自身も、学校への協力やヴァイオリンのレッスンをスタートした事もあり、英語環境での社会性が広がったので、英語を使う機会が多くなったのが、一番大きな理由だと思います。 しかし、この春日本に行って、大きな変化がありました。 たったの3週間の滞在で何が出来るだろうと?余り期待しなかった分、この変化には、私が一番驚いている状態です。 まずは、日本から戻ってもうすぐ1ヶ月ですが、私と綾花との会話は、未だ日本語であること。 これは、これまでの我が家においては、驚異的であります。 また、綾花自身、常に、「日本語では、なんと言うのか?」という意識を持ち始めたことも、これまでとは、違います。 この変化をもたらしたのは、日本滞在もありますが、もう1つ、今月から通い始めた、日本語補習校の効果でもあると思います。 1週間に1度だけですが、母親以外の人間と、日本語で接する機会があることがで、綾花に、「これは、日本語でなんて言う?」の意識をもたらしているのだと思います。

 

 昨年は、ほぼ放棄状態であった日本語の勉強ですが、今年は、今の状態を出来る限り保てるよう、私自身も努力していこうと思います。 ちなみに、今年に入ってから始めた、カタカナは、今、ラリルレロまで行きつきました。 ひらがなを学んだ時と比べると、非常にスローなペースですが、それでも学ぶ事を楽しんでいるだけまし、としています。 また、日本でヴァイオリンのレッスンを受けたことで、私自身、ヴァイオリン関連用語を日本語で話せる様になったので、ヴァイオリンの練習時間も、すべて日本語で徹底するようにしています。 綾花にとって、昨年は、英語の勉強が飛躍的に伸びた1年でしたが、今年末、今年を振り返った時に、「日本語年だったなあ、、、」と言えるよう、日々努力して行きたいと思います。 これも、母親次第ですね。

庭便り

 夕べからの雨の為、本日は、気温が下がり、ぱっとしないお天気です。 明日の朝には、雪が舞うような予報も出ています。 昨日、裏庭の手入れをしていてよかった、、、、、

今日は、お庭に出られない(こう、寒くては、出る気にもならない)ので、これまで撮ったお庭の様子を、アップします。

4月24日、学校から帰宅後、お部屋に飾る為のチューリップを摘んでおります。 昨年秋に、球根の植え付けをして、待ちに待ったチューリップなので、とっても嬉しそう。

 

 (4月24日撮影)

 我が家のストリートにそって植えられている、ナントカアップルツリー。 ここ1週間で、すごい勢いで芽吹いたかとおもったら、花のつぼみも、こんなに膨らんでいました。 毎年、4月下旬から5月にかけて花盛りになり、ほんの2、3日ですが、素晴らしい景色を楽しませてくれます。 そういえば、私たちが、この家に引っ越して来たのは、8年程前の、このお花が満開の時でした。

 

 裏庭に面する壁の軒下に いつのまにか作られた、アメリカンロビンの巣。 2年前にも、ここからかわいいロビンお赤ちゃんが巣立っていきました。 卵を温めている ママ鳥さんには、大変お気の毒ですが、綾花の強い要望にまけ、トニーは、はしごを用意し、お宅拝見させて頂きました。 きれいな青い卵が4つありました。 

庭仕事 開始

 本日は、ついに 無法状態であった裏庭の手入れを開始しました。

 まずは、コーナーに広く展開している花壇の草取り。 そして、ここの多年草の移動作業。 実は、再来週から、フロントポーチ改装の大きな工事が始まるのですが(勿論業者任せです)、最初の仕事が、フロントポーチに付随された花壇の取り壊しです。 その際、花壇内にある土を、庭の別の場所に移動することになっているのですが、この移動先を、この花壇にする予定なので、せっかくの多年草が、土に埋もれることのないように、今のうちに、移動させておくわけです。 

 コーナーの花壇の雑草取り、多年草の掘り起こしなど終わった後は、野菜畑の土ならしです。 野菜畑といっても、畳一枚程の面積なので、ここは、楽勝、楽勝と思いましたが、結構しぶとい種類の雑草が はびこっていて、除去するのに苦労しました。しかも、雑草の中から現れたのは、昨年、すべて除去していたはずの、アスパラガス。 3本は、食べごろをとっくに過ぎ、ほか3本が、1センチ程の芽を出していました。 2、3日したら、収穫して綾花のお弁当にでも入れよう! そして、これまた、もう駄目だと思ったニンニクもしっかり芽が出ていました。 こちらのニンニクは、近所のガーデナーが昨年お裾分けしてくれたカブなのですが、植えた事すら忘れていました。いったいいつ収穫出来るのか解らないけど、この調子でいくと、ニンニク3ヶ月分ぐらいは、収穫出来そうです♡ 

 花より団子とは、全くを持って この私の事で、お花の花壇より、野菜畑の作業をしている方が、なんだか胸がわくわくしてしまいます。 この野菜畑を使って、7、8月は、自給率20%をめざしているのですが、もうちょっと、野菜畑の規模を拡大した方がいいかなあ、、、、、

 

 本日、最後に頑張ったのが、木の回りに作った、半日陰花壇です。 こちらは、芝との境が何もないので、芝の侵入率が非常に高く、花壇の境をシャベルで掘って、花壇内の芝はがしをする必要があるのですが、これがまた、想像以上の体力を要します。 それでも、何かに取り付かれたように、ひたすら頑張ってみました。 写真を撮って載せたいところですが、庭仕事する時って、カメラを持ち出すのを忘れてしまったり、汚れた手でカメラに触れたくない事もあり、ついつい撮り損ねてしまいます。 また、お手入れが一段落ついて、庭をじっくり楽しめる余裕が出たら写真もばしばし撮ろうと思います。

 

 こうして、私の日曜日は、午後から、庭仕事に明け暮れて終わりました。(午前中は、昨晩からお泊まりに来ていた、綾花のいとこ2人を相手に、折り紙してました。) ちなみに、トニーと綾花は、2人で、アイスクリームを食べに行った後、一旦戻ってきて、私の庭から、ミミズを盗んで釣りに行ってしまいました。 「夕食の魚釣ってくるよー」って、張り切って出かけて行ったけど、結局何も釣れずに帰って来ました。(私は、一安心) で、夕食には、釣れた魚と思って、サバの塩焼きをいただきました。

脳内改革!私版

 綾花と共に、バイオリンのレッスンを、開始して以来9ヶ月。 これまで、解っていながらもおざなりにしていた、音符読みの課題。 私には、実にへんてこな才能(癖とも言うべき?)があって、課題曲をまず、何度か先生に弾いてもらい、メロデイーを覚えたところで、それをヴァイオリンの弦上で音に変えてしまう手段で、これまでやってきました。 言い訳させてもらえるなら、これは、鈴木式 母国語教育法を実践していて、音楽も母国語の獲得の手段と同様に、まずは、メロデイを覚え,それを音で再現するよう、意識的に行なってきた、ということにしておこう。

 しかし、私の先生は、鈴木式の楽譜読みを重視しない(決してそうではないのですが)ことを、非常に嫌っている。 それでも、レッスんを受ける前に私が提示した条件として、鈴木式を織り交ぜて行くことを尊重してくれ、これまで何もおっしゃらなかった。 しかし、、、、先週のレッスンで、私の余りのお粗末な、音符の知識に 唖然とされてしまった。 先生のこの顔をみたら、私も、「そろそろ、本腰をあげて、音符読みの勉強取り組まなければ」と思い、自分へむち打つことに。 まずは、もちろんフラッシュカード作成から。 見た音符を、瞬時に何の音か当てる。目標は、ひらがなをみて、それが何の文字か分かるくらいの早さ(まさに瞬時である)で、読める事。 じつは、私にとって音符読みが辛いのは、今の先生は、いわゆる ”ドレミ”っていう読み方ではなく、”CDEFGABC” で、教えて下さっている。 まずは、私の中の、音符は、ドレミ と読むものという概念を、すべてなくすことから始めなければ。 この歳になってしまうと、こういう意識を全く別のものにするのは、本当に辛い。 でも、取り組むしかないんです。 こんなところで、たらたら言い訳しているより、やるしかないですね、はい。 (もう、文句言いません)

お庭の様子

 昨日、今年初めて 裏庭に出てみました。

 これまで、家の中の掃除(というか、旅行の後の荷物を整頓しただけ)を優先させていたのと、早急に家の修理が必要となったため、業者探しに追われる毎日(作業内容から、2業者による共同作業です)、気分的にも、庭仕事を開始する準備ができていなかったので、なかなか足が、裏庭に向かわなかったのです。

 

 しかし、植物の生長は、私の事情など構っていられるはずもなく、刻々と生長を進めて行きます。 私たちのベッドルームのすぐ外側にあるライラックは、つぼみをほころばせ、もう数日すれば、いい香りを楽しませてくれる事と思います。

 サイドガーデンは、昨年からの落ち葉もそのままにしてあり、一番手が付けられていない箇所ですが、ここでも、着々と春の営みがすすめられております。 水色のかわった、ムスカリと淡い黄色の水仙が、密かに春の訪れをつげてくれていました。

そして、毎年夏ごろには、大きく茂ってくれるシダも、芽吹いておりました。 昨年秋に、株分けして 2カ所に植え付けたのですが、それらも、しっかり芽を出していました。

 庭仕事は、波に乗ると楽しいのですが、私は、なかなか重い腰をあげられません。 でも、そろそろ始めないと、花壇に、芝が侵入していたり、雑草もちらほら見えています。これらは、まめに抜いていくしか、除去法は、ありませんし。 それに、ベジタブルガーデンには、もう、ほうれん草とレタスを蒔いてもいいころだし、、、、、、明日あたり、はじめますか、、、、、、

ネイバーズ

 昔、オーストラリアのTV番組に、「ネイバーズ」というのがあった。 イギリスのケンブリッジでのホームステイ先のママが夢中になって見ていたのを思い出す。 日本でも、教育チャンネルか衛星で放映されていたと思う。 私自身、このシリーズに夢中になった訳では ないが、英語を母国語とする友人は、結構はまっていた人が多い。 この番組の内容は、ある街の一角に住むご近所さん方が繰り広げるトラブルなど、用は、どこの国にでもありがちな物である。 そんな番組があったなあ、と思う今日この頃、、、、と言うもの、私も生活していく上で、ご近所さんのありがたみなど感じる年頃になったから。 

 私の住むネイバーフッドは、1920年代に栄えたアクロン市内では、珍しく、1960年代に十数件の家が 新築で売り出されたエリアなのだが、当時、30代くらいの若い夫婦が購入し、初代家主が未だ健在というのも少なくない。(ちなみに、我が家は、私たちで2代目になります。) よって、人口比率で言うと、お年寄りの比率が圧倒的に高く、私たちが超して来た8年前は、若い夫婦は、私たちだけでした。 こんなネイバーフッドなので、日中犬の散歩などでかけると、フロントポーチでひなたぼっこしている老夫婦に声をかけられ、なぜか ついつい話が弾んでしまう。 なので、私には、お年寄り友達がとっても多い。 お年寄りの話は、大抵、病気の話か、お孫さんの話になる、よって私は、大抵、ご近所さんの健康状態なども知っているので、トニーは、私が、 「あそこのおばあちゃん、人工透析に通っているっていうけど、お姉さんの勤めている病院でやってるのかな?」 なんて言うと、 「なんで、そんな事知っているの?」 と非常に驚いたりしている。 (これぞまさしく、「ネイバーズ」を演じている私であります。)

 

 ところで、お年寄りが多いという事は、悲しい知らせも実に多いものであります。 ここに住み始めて7年、この間5、6人のネイバーズが亡くなりました。 それも、記憶する限りでは、皆、冬の終わりなんです。 ここ数年、春になって庭仕事を始める頃になると、お向かいの奥さんが、まず 「あそこのお家と、あそこの角のお家の、おじいちゃんが、云々、、、」という事を話し始める。 毎年の事ながら、せっかく春が来たのに心が痛みます。

 

 で、今年も、やはり一人、春を待てずに天国へ旅立ったネイバーがいます。 我が家の通りの老夫婦なのですが、ここの老夫婦は、新聞に載せた綾花の誕生の記事を切り抜いて、大事に取っておいてくれ、誕生日まで覚えて下さっていた、心優しいネイバーです。 57年一緒だった奥さんに先立たれたおじいちゃんは、先日、久々に庭で、自慢のバラの剪定をしていました。(バラ栽培について、このおじいちゃんに、色々教えて頂きました。) 犬の散歩の途中でしたが、おじいちゃんに お悔やみの言葉をかけると、 「僕はね、妻を失う事が、こんなにつらいものだとは、想像もしなかったよ、、、、、」と、私まで泣けてくるような事を、淡々と話されていました。 別れ際に「これから、なにか私に出来ることがあれば、、、、」と言うと、「たまに、話でも聞いてくれれば、それが一番。なぜなら、私ももう88歳でね、最近、物忘れがひどいから、人と話さないと、もっとひどくなるよ。」と。 「物忘れなら、私は、その道を極めているのよ。」と自慢げにいうと、「じゃあ、お互いのために、話を聞きあおう」 ということで、結びとなりました。 

 

 若い頃は、人との結びつきが大事だとは、余り思わなかった私ですが、こうして、異国の地に暮らし そこで自分自信の居場所を築き上げて行くのに、人との結びつきが一番大事だという事を、実感する今日この頃。 今、あの ネイバーズのテレビ番組がやっていたら、案外 はまっているかもしれません。

♪ 咲いた、咲いた、チューリップの花が〜

昨年の秋、前庭に植えつけした チューリップが、かわいい花を咲かせました♡。

これからの季節、お庭にお花がどんどん咲くので、楽しみです。

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