親の葛藤、子供の葛藤。

 今日は、綾花がクラスメートのお宅に、プレイデートに招かれました。トニーに、綾花を送り届けてもらったら、「子供達を引き取りに行く際に、お茶を用意してありますので、是非夫婦でお越し下さい」と言われたという事で、2人して出かけてきた。綾花のお友達の家には、綾花がとても仲良くしているグループのうちの3人の他に,美術、フランス語の2教科を教えている先生夫婦も招かれていた。

 お茶だと言う事だったので、てっきりデザートとお茶のみかと思ったら、招待主は、長い間イギリスの統治下にあったスリランカの夫婦だけあって、イギリスで言うところの「ハイテイ」(夕方4時ごろに頂く軽食)であった。 テーブルに並べられた、数種類のハム類、フルーツ、チーズを思い切り楽しませて頂きました。 そして、私達に振る舞われたお茶は、招待してくれた方の実家のエステイトで今年一番に摘んだ、スリランカテイー。 非常に強い独特の香りでしたが、私は、とても気に入りました。

 ここの奥様は、綾花の友人の母兼、担任の先生ということで、私は、このところ急激に親しくなったのですが、国籍は違っても、私達2人には、自分たちが生まれ育った国とは、別の国にて子育てを行なっている、という共通した点もあり、この事が、私と彼女の交際を深めている。 

 実は、この春から、綾花を日本語補習校に通わせる決心をしたのだが、偶然にも、私の友人の子供も、4月からスリランカの学校に、週1日通わせることになった。この件で、今日は、特に友人と、子供にとっての母国、という事を、話し合ったりした。 実は、もう1ヶ月近く前になるが、この友人の知人(スリランカ人)の、娘さん(12歳)が自殺した事件があった。 友人曰く、別の州から越してきて、新しい環境に慣れなかった事が大きな原因だと思われるが、母親が、自国文化を娘に強く背負わせていたことも、理由のような気がするということだった。 このお嬢さん、なんとお母さんのお誕生日を選んで自殺を図ったのです。 そして遺書には、きっぱり、「母への復習」と 記されていた。 

 余りに身近で、このような悲劇が起こった友人は、「我が家は、もうスリランカに戻る可能性は、ないのだから、我が子の母国語は、英語でよしとする。」ときっぱり言い切っていた。 その上で、スリランカの学校へ通わせようと決めたのは、スリランカを好きであって欲しいから、という事だ。どんなつながりであれ、スリランカ文化へのつながりを、彼女なりに持ち続けていてくれれば、それでいい、という。 彼女の、心の構え方は、私も是非見習いたいものだと、強く思った。 子供は、一個人であって、親のプロジェクターではないという事、常に心得ておきたいものです。

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