歓びと哀しみ

今回の旅の締めくくりは、東京デイズニーランドで過ごす2日間である。 綾花は、このイベントを、日本に行く前から楽しみにしていた。 日本についてからも、カレンダーを眺めては、指折り数える程だった。 ただ、この楽しいイベントも滞在の最後という事で、山梨の実家を発つ際には、「綾花は、嬉しい気持ちと悲しい気持ちがあるの。」と、自分の気持ちを彼女らしい言葉で表していた。  

 ふと思ったことだが、この感情の二面性という経験は、感性の育成において、とても貴重な体験だ。 

 今は亡き、バイオリニストで作曲家のクライスラーという人の作品に、「愛の歓び」。「愛の哀しみ」という2曲がある。この2曲は、共に恋愛をテーマにしたものだが、先の作品は、「恋する事により感じられる歓び」をうたい、もう一曲は、「恋する事によって感じられる哀しみ」をうたったものだ。 神童と呼ばれ 幼いうちからその才能を世の中に見せつけた(特に日本において)五嶋龍が7歳か8歳の頃、この2曲を 感情を込ませて弾ける様にするため、当時の先生は、チョコレートを使ったと聞いたことがある。「君がの箱詰めチョコレートをもらったらうれしいだろう?」「箱に沢山入っているチョコレートをどれから食べようか、考えるときには、なんとも心弾む思いでしょう?」「では、このチョコレートを、3日間食べては、いけないよ、といわれたら、どんな気持ちになる?」こんな感じで、恋愛の持つ二面性を、幼い子供に実体験に近い感じで説明したらしい。  

なには、ともあれ 生きてく上での変化に は、哀しみ、歓びがつきものだ。 私も、どちらかと言うと幼い頃から感受性の高い人間でしたが、この時期は、特に感情の浮き沈みが大きかった様に思えます。 人生の別れと出会いが交差し、その背景に桜の花などちらちらと散った日には、何とも言えない感情がこみ上げてくるものですが、本日、何年か振りに、綾花の一言をきっかけに、懐かしい感情がよみがえった体験であります。

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母との時間

 この時期 日本の巷では、卒業、入学式など、年度の切り替えに伴う行事が多く、地域の活動に多く参加している我が家の母上も、それはそれは、多忙な毎日を送っている。 その上、私が山梨に到着した日には、自動車事故に見舞われ(一方的にぶつけられました)、軽いむち打ちのため、連日のリハビリ通い、そして一昨晩は、遠い縁の叔父が亡くなり、明日の晩にお通夜、そして私たちが去る日には、お葬式ということになってしまった。 昨年も、この時期に来た私たちは、多忙の母上に相手にされないまま、アメリカに戻ったのだが、今年は、それ以上である。

 それでも、今日1日は、母も私もそれぞれ予定がなかったので、桜の花見学に出かけることにした。 行き先は、武田神社。 ここは、毎年日本に来る度に、とりあえず訪れる場所だけど、母と共に、この時期に訪れるのは、実に11年振り。 結婚前に、満開のサクラを背景に、和服姿でトニーとの記念撮影に 来た時以来だ。 本日、武田神社を訪れると、偶然にも、日本人女性と外国人男性(お客さんの話言葉などから、アメリカ人とみた)の結婚式が行われていた。 同じ時期にこの地域で結婚した私なので、なんだか自分の時の事と重なってしみじみとしてしまった。

 武田神社で満開のサクラを満喫し、トニーに頼まれていた「交通安全」のお守りを買い、ぶどう味のソフトクリームを食した後は、車で移動する事30分、山梨市にある、フルーツ公園にむかった。 ここには、子供が楽しく遊べる公園があるのと、ほったらかしの湯という、甲府盆地を見渡せる温泉がある。この温泉は、日の出1時間前からオープンしていて、日の出を眺めながら入浴が出来る、なんとも贅沢な温泉だ。 日本に来るたびに、時差ぼけで早起きしてしまった時には、是非利用しよう、と思いつつも、今の所は、行動に移せていないのが現実だ。 本日も、夕方から母に予定がある為、温泉に入っている暇などなく、公園で綾花が満足するまで遊んだら、それで帰宅。残念無念である。

  予報では、明日から天気が崩れるようで、日本で過ごす温かな過ごしやすい最後の日、母とともにゆっくり過ごせて、よかった、よかった。

綾花と日本語 ~私の決意~

 日本に来る度、子供の環境適応能力の強さについて、感心させられる。 今週いっぱい、綾花は、こちらの幼稚園に通っているのだが、初登園日からすぐにお友達を作って、楽しく過ごしてきている。 通い始めて、3日目には、今週いっぱいで、登園が終わることを嘆いている始末だ。

 園の先生などの話など聞いていて、改めて思ったのは、綾花の環境適応能力は、やはり基本的な日本語の土台があるからこそ、だということ。 特に、人の話を理解できることは、自分の意思を伝えること以上に大切だそうだ。 綾花は、幸いにして、人の話をよく聞ける子なので、どんな状況で、どんな言葉を使うのか、非常によく観察するため、登園2日目からは、周りの子供たちと同じような感覚で言葉を使えるようになっていたと、言われた。

 親の私が甘く見ても、彼女の言葉を分析する能力は、ちょっとしたもののように思える。 ちなみに、本日の綾花の発見、 「やさしいには、二つの意味がある、ひとつは、easy、 もうひとつは、kind」 。 これは、お友達から頂いた、折り紙の折り方の本に、作品のレベル分けとして使われていた言葉が頭の中にあって、それが幼稚園での何かの体験を機会に、気がついたのだと思うけど、こういうことを、自身で発見できるのは、すごい!と、正直、感激しています。 

 今回の日本滞在では、これまで、綾花の英語が先行するにつれ、日本語教育をおろそかにしてしまった私に、やはり、彼女なりのペースで、学べることは、まだまだあると確信を持つ機会を与えられたように感じます。 また、綾花の中にある、環境適応能力を、今後も100%いかせられる様、日常の日本語(文化)への取り組みは、続けていこうと心に誓ったわけであります。

嬉しいニュース

 私たちのような年頃の人間は、子育てやら、仕事やら、人生の中でも非常に多忙な時期にいて、学生時代の友人などは、疎遠になりがちだ。 私も、こうして実家に戻ってきても、気軽に電話できるような、昔からの友人というのは、はっきり言ってひとり、ふたり、、、、、、、中学時代、テニス部であんなに燃えたのは、なんだったんだろう?とか、年寄りくさいことに思いふけったりしている。

 昨日、アメリカの住所宛に届いた友人の手紙を、トニーがスキャンしてメールで送ってくれた。 それは、3月14日付けの日付で書かれた、地元に住む、短大時代の友人からのものだった。 彼女とは、年に、1,2度手紙のやり取りをし、5年に1度くらいのペースで会うお友達だ。 この友人は、膠原病とう難病を持ち、ここ数年も2年おきに入院をしていて、こちらに戻っても、なかなか会えなかった。 そんな友人の手紙には、病気も今は、落ち着いているとあったので、昨晩、早速電話して、今日のランチの約束をした。

 私たちは、同じ年でありながら、両極端といっていいほどの対照的な性格と人生で、私自身、彼女から学ぶことは、とても多い。 小学生の時から、難病と生活してきた友人は、自然と行動範囲が狭くなりつつも、ものごとを、奥深く探る思想を徹底している。 そんな彼女の立場にたって、物事を考えるようになると、自分の考えだけでは、気にも留めなかったことに、自然に気がついたりする。

 ここ数年、病気の治療を通して知り合った、アメリカ帰りのドクターに、彼女は、非常に勇気付けられ、一人で生きていく覚悟をもって、医療事務の仕事を始めたと聞いてまだ、1年もしていなかった。 トニーがスキャンして送ってくれた手紙にも、嬉しいニュースというだけで、それ以上は、何もかかれていなかったのけど、今日、友人と会うと、なんと婚約したというニュースを知らされた。 余りの驚きと嬉しさで、思わず泣いてしまいました。 婚約者の方は、彼女の病気を理解するため、掛かりつけの医師の下に、3度も足を運んで、彼女の様態、病気の実態、今後の生活で考えられることなど、誠意を持って、話を聞いてくれたと聞いて、私も、その方の魅力がなんとなく分かったように思えた。 

 友人は、よく、「なんでも挑戦して道を広げて行く私のことを、自分には、有り得ない、他人の生き方だ」 といって、私の話を楽しそうに聞いてくれていたけど、「どんなに難関があっても、それなりに、挑戦すべき壁は、あるし、行動を起こせば、どんな形であれ結果は、でるものなんだねえ、、、、、」 と自身の嬉しい知らせを、なんだか他人のことのように語っていた。 私にしてみると、これも、やっぱり彼女らしい。

 この春は、本当に思いもよらない、嬉しいニュースが舞い込んで、私にとっては、忘れることのできない春になりそうです!!

幼稚園 登園

 昨年に引き続き、春の子育て支援保育という、春休み期間中の幼稚園に 綾花は、通うことになっていますが、本日は、初登園日でありました。 連日、来客があるため、夜更かし気味の我らは、すっかり朝寝坊になって、本日の登園は、お昼近くになってから。

 この幼稚園は、実家から徒歩3分程度でいける距離にあるため、登園は、徒歩になりますが、緊張のためか、今朝の綾花の歩く速度は、かなりゆっくりでした。 それでも、園内に入って、顔なじみの先生に  「綾ちゃん、よくいらっしゃいました」 と声をかけられると、昨年の楽しかった思い出がよみがえってきたようで、スムースに園内に入っていきました。 こちらの先生3人は、綾花が2歳の頃から、「母と子のサークル」という会で、帰国の度にお世話になっているので、先生方も私たち母娘のことを、よく覚えていてくださっていて、とてもありがたいです。 綾花にとっても、日本に来たら属する場所がある、ということは、安心感をもたらしてくれる事と思います。

 さて、初日の今日は、5時間ほど遊んできました。 家に戻ってから聞かせてくれたお話は、なかなか興味深いものでした。 日本では、佐藤綾花と使っているのですが、小学生のお兄ちゃんが、「{名前がさとうだから、砂糖みたいな甘いお菓子が、大好きなんだろう!}って言った」と、ちょっとむっとしていたり、「今年、綾花は、5歳だから きいろぐみさん なんだよ」 とか。

 大きな難関と思われた、登園第一日目でしたが、無事楽しんできてくれて、よかった。 また、明日も楽しく学校に行ってくれるといいなあ。

野球少年

 綾花には、日本のいとこが2人いる。 2人とも私の兄の子供たちで、8歳と6歳のやんちゃな男の子たちだ。 昨年までは、こちらに遊びに来ると、私たちが滞在する実家に何度か足を運んでくれ、時には、お泊りもしたりして、一緒に遊ぶ時間も十分にもてたのだけど、今年は、そういうわけには、行かないようだ。

 実は、昨年秋から、お兄ちゃんが、少年野球に通うことなり、野球練習が毎週末、そして平日でも2日は、あるということで、綾花などにかまっていられなくなってしまったのだ。 そして、熱心に練習に取り組むお兄ちゃんをみて、弟も、幼稚園を卒園したこの春、早速、同じチームに入ってしまったのだ。

  連日の忙しい日々の時間を割いて、日曜日、練習終了後の夜、兄夫婦が自宅に招待してくれた。 1年ぶりに会ういとこたちの顔は、連日の野球練習のため、真っ黒に日焼けしていた。 私たちが、いる間は、ずーっとグローブを手にはめたままだった。(綾花も、お気に入りの本を、日本に来て依頼、片時も話さないので、なんとなく、この子の気持ちも理解できる。) 少ししたら、風船で、野球ゲームが始まった。綾花がピッチャーで、いとこ2人が、順番に打っていた。

 この少年たち、なんとなく、去年より生き生きとしているように見えたが、義姉さんがいうには、野球を始めてから、学校の成績が、一気に伸びたということだ。 野球の練習を通して、集中力が養われたのと、放課後の練習の際には、宿題をしてから、という決まりを守らせているので、短時間で物事をすませるという、けじめも身についたからなのかなあ?と言っていた。 

 来年、日本にこられるかどうかは、わからないけど、次に会うときには、この野球少年たちは、どのように成長しているのかなあ? 今から、楽しみです。

お友達、再会 アーンド バイオリンレッスン

 日本に帰るたびに恒例となっている、なみべえこと七実子チャンとの再会。今回は、今日、甲府で会うのと、来週デイズニーランドに一緒に行くことになっています。

 1年ぶりの再会、最初は、2人とも照れてしまって、目をあわそうとしませんが、ランチでレストランに入ることには、何かと持っているものを見せ合ったりして、昔のペースを取り戻し、昼食後、甲府市内の舞鶴城跡の広場に行ったら、2人で走ったり、葉っぱや小石を集めたり、仲良く遊んでいました。 昨年までは、割とぶつかり合いの多い2人でしたが、今年は、すごく仲良しで、お別れするときには、名残惜しそうにしていました。

 七実子ちゃんと分かれた後は、バイオリンの個人レッスン受講のため、先生の家へ。 今日は、同じ年くらいのお子さんのレッスン受講風景を見学した後、30分ほど、綾花を見てくださいました。 先生は、アメリカの先生の教えを否定したくないという気遣いから、かなり遠慮されていたようで、弓の握り方、姿勢の正し方など、先生の本当の生徒なら、注意したい点がいくつかあると、おっしゃられたので、是非、姿勢と弓の正しい持ち方を教えてほしいとお願いし、直していただきました。

 アメリカでの先生、ミセスダムロンは、姿勢よりも、弾くことの楽しさを持つことが大切だということで、バイオリンを弾くときの姿勢の正し方などは、めったに注意することは、ない一方で、鈴木式では、まず、姿、形、そして教えて頂くことへの敬意というものを重要視している感じがしました。 お稽古の始まりと、終わりの際の、挨拶や、調弦してもらう際のお願いの仕方なども徹底しています。

 こちらの小宮山先生は、姿勢を正すことは、美しい音を出すことにつながる、とおっしゃられていましたが、確かに、正しい姿勢で弾くと、弓の動く位置が自然と、フィンガーボードの上に行くことはなく、音も、非常に深く響く音がでます。 ただ、子供たちは、弾いているうちに、姿勢が乱れてくるので、自分自身で意識的に、治せるようになるまでは、常に姿勢について、しつこいくらいに言い続けほしいとおっしゃられました。 (これって、うちの場合、親子関係に結構深く影響が出そうで、なんだかちょっとためらってしまいます。)

 本日は、姿勢についてと、移弦の際、音が混じらないように弾くことを注意され、来週までに、キラキラ星でこの問題に取り組むことになりました。 来週、もう一度で小宮山先生のレッスンは、終わりますが、それでも、このように、1週間程度で取り組める課題を与えられることは、ありがたいことだと思います。 また、私自身、これから綾花とともに、バイオリンを勉強する上でも、こうして何人かのプロの意見やレッスン風景を見学させてもらえるのは、非常に役に立つことだと思います。 これから、日本に来る際には、小宮山先生にバイオリンを教えてもらえることになったので、私も、なんだか非常に心強く思います。次回は、私もバイオリンを持参して、レッスンを受けようと思います。

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