こんな状態で……….

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 ちょっと前に紹介しました、我が家のモンスター、ブレイデイー。 このところ大分落ち着いてきたと思っていましたが、それは、大間違いでした。 今朝、綾花を学校に送り届けた後、家に入ってみた時の状態がこの写真です。 はっきり言って言葉を失いましたが、その後は、むかむかと腹の底からの怒りが、噴火のように爆発です。

 こんなとき、私の心の師匠、シーザーミラン氏は、「感情をすべてなくして叱れ」とおっしゃいます。(この場合の叱るという行為は、言葉でなく、犬を地面に寝かしつける事。)
しかし、こんな状態を目の当たりにして、感情をなくす事が出来るのでしょうか? これまでにも、綾花のおもちゃや食パン、トニーの財布、現金、クレジットカードなどが被害に遭い、その度に、感情を整える努力をしてきました。でも、今日は、なんだか、それを試みる事自体馬鹿げているような気がして、思い切り、頭をたたいてしまいました。 犬は、相当ショックだったのか、自らが作り上げたゴミの真ん中に寝転がって、しばらく動きませんでしたが。それにしても、この自分自身の怒りのコントロールは、本当に難しい。頭では、理解しても、やはり感情は、理性には、勝てないのが現実ですものね。 

高尾山の猿

 西東京に高尾山という山がありますが、そこに猿山園という、ニホンザルの群れを放し飼いにしている観光名所があり、東京の西隣の山梨県で生まれ育った私は、小学生の頃、遠足でそこにいった事を覚えています。 ちょっと前に、ここの猿たちについての興味深い観察記録を読みました。それは、私の子育てにも、大きな影響を与えた記事です。本日は、その内容を、簡単に記述させて頂きます。

 猿山の猿は、夏から秋にかけて出産し、冬が明けた春には、小猿たちが、賑やかに遊ぶ姿が見られるのが通常。 ところが、まれに見ない程の大雪を記録した冬が明けた1984年の春、6匹の子猿のうち、一人で歩き母親から離れて遊ぶ事が出来た猿は、わずかに2匹のみ。 他の4匹は、母にだっこされた状態が長い事続いたそうです。 その異様な光景の原因を探るため飼育員が、原因究明に乗り出しました。 まず、通常に歩き出した2匹の小猿は、スミというお母さんの子供と孫だという事。そこで、スミの日頃の子育てと別の母猿の子育ての違いを中心に分析した結果、次のような違いが認められました。 高尾山では、猿たちに食事を与えるのは、1日2回、園内の決まった場所にえさを放置し、猿たちは、ここに歩いてえさを食べに行くのが日課となっています。 これは、大雪の降った1984年の冬も変わらず行なったそうです。 その際、スミとスミの娘以外の母猿は、子猿をだっこしたまま、えさ置き場まで 毎日2回でかけたのですが、スミとスミの娘は、まず、自分が深い雪の中を先に歩いて、雪を踏み固め、足場をつくってから、子供を自分の足で歩かせたそうです。 もう一歩深く探ってみると、このメス猿の群れの中でスミのみが野生で産まれた猿だったそうです。
 このレポートは、過保護な親の行動が、子供達の成長ににどのような影響を及ぼすのか、という事を考えさせられます。 また、この事件は、別の展開をみせます。 春も深まり夏が始まる頃、やっと母親から離れる事が出来た小猿たちは、木登りなどの、猿に取って生きて行く上で必然的な遊びに見向きもしなかったのですが、そこに1匹のメスざるが、小猿を集めて、木登り教室のような、いわば保母さんの役割を、自然に始めたそうです。 このメス猿については、余り詳しく書かれていませんでしたが、これまた、面白いものだと思いました。
 この記事にて、自分自身の子供への接し方、個人としての社会とのつながりなど、深く考えさせられましたが、中でも特に印象的だった内容は、次のものです。 猿山に保母さんが現れたおかげで、子猿たちは、木登りやロープにぶら下がる事が出来るようになったのですが、それでも1匹、どうしても歩こうともしないものがいました。猿の社会では、大変珍しい事ですが、最終的には、雄のボスがこの子供を引き取って、歩き方の訓練など教え始めたそうです。実は、この子猿はボスの子供でした。(うーん、人間の社会でも、偉い人の子供って、目立って駄目なやつ、結構いるかも。) ボス直々に教え込んでも、全くやる気の産まれない子猿に嫌気の指したボス猿が、ある時、子猿を崖の上から突き落としたそうです。 崖の下では、子猿が頭から血を流して、ヒステリックに泣いていたものの、助けようとする猿ににらみをきかし、ボス猿は、決して助けようとは、しませんでした。 その後、泣いても無駄だと分かった子猿は、良い足場の岩を探して、自ら崖の上に這い上がり、崖の上までたどり着くと、ボス猿は、傷口をなめて手当をし、しばらく、包容をしていたそうです。その出来事の後は、ボスの子も、自らの足で歩き、他の子猿のように木登りやロープ遊びが出来るようになったとの事。

 猿の世界の話ですが、何か自分の身に変えられそうでは、ありませんか? このボス猿が行なった強硬手段を 将来行なうはめにならない様、普段から心がけて行きたいものですね。

メモ

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 我が家では、家族のメンバーが皆 守らなければいけない ”きまり” というものが、いくつか存在します。 そのひとつが、”私、または、綾花がヴァイオリンの練習をしている時には、弾いている曲を弾き終わるまでは、話しかけては、いけない” というもの。 この決まりに寄って、私は、とことん練習に打ち込める(本当かな?)わけです。 ところが、決りがあると、そこには、それをギリギリ許される範囲で、克服する者も出て来ます。 そんなチェレンジャーが我が家にもおりました。今夜、私が、今週の課題曲のうちの1曲 ”Joy To The World” を繰り返し繰り前し練習していると、私の見ていた楽譜にいきなりメモが張られました。 しかも、丁度私が弾いている箇所です。 そこで、一旦演奏を止めると、つかさず「話しかけてないよ!」と綾花。 確かにそうだけど、邪魔には、変わりなし。 まあ、寝る前に本を読んでくれるという事で、今夜は許しました。 で、ベッドタイムの際、ドラの本を1冊読んで頂きました。

ジョイスおばさんの死

 先日のブログに書いたジョイスおばさんが、木曜日の夜(11月8日) 息をひきとられました。 53歳の若さです。 私がこの国に来て以来10年間のおつきあいで、毎夏行われる、ファミリーリユニオン(家族一同集合するイベント)の際、いつでも私の作っていった食べ物が一番おいしい、と密かに褒めてさ下さいました。トニーの家族は、誰もがやさしく接してくれますが、家が近い事もあってか、中でも特に親しく、また頼りにしていたおばさんでした。53歳という若さを考えると、本当に惜しい気持ちでいっぱいです。 ジョイスおばさんのご冥福を心のそこより祈っております。

チームワーク

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 綾花の学校では、スクールバスが利用できないため、子供の送り迎えは、父兄または、ベイビーシッターなどが、教室まで送り迎えする規則となっている。 冬の寒い時などは、いちいち車から降るのは、面倒ではあるものの、教室内での子供達の様子を見られるのは、なかなか興味深い。 また、先生方から、現在、子供がどんな事に取り組んでいるのか、聞かせてもらったり出来るのも有り難い。

 子供の学校生活について、親であれば、多少なりとも興味のある所ですが、私は、特に、綾花の交友関係に非常に興味があります。 綾花は、昨年まで 先生方からお墨付きの、一匹狼的な存在だったのですが、今年になってからは、送迎の車の中でも、家でも、ある女の子の名前ばかりが会話の中に出てくる上、迎えに行く時には、必ずその女の子と一緒にいるのです。その雰囲気は、他の友達を寄せ付けない空気があって、去年まで何となく仲良くしていたお友達とも、全く話していない様子。 これが悪い事とは、言い切れませんが、こういう関係って崩れた時が結構大変だったりするのは、女の直感とでもいうか、何となく分かるんですよね。それで、この件について、先生に相談しようと思っていた矢先の出来事でした。

 昨日、綾花を迎えに行くと、今学期に入って一度も一緒にいた事のない女の子と、ビースのカウンテイングのアクテイビテイをしていました。 このアクテイビテイは、かけ算を実感して理解するというものです。 このアクテイビテイについて説明すると、例えば6の段について学ぶ時には、1本の棒に6個のビーズがついているものが沢山用意されていて、棒を並べて行きながらビーズを数えていきます。このビーズとともにセットでついてくるのが、6の倍数の書かれた数字の札。 ビーズを6個数えるごとに、ビーズの数と同じ数の書かれた札をおいて行くのです。(写真の絵を参考にして下さい) 綾花がこれまでに交わった事などなかったお友達 エイドリアンと共に取り組んでいたのは、6個ビーズの棒を50本まで数えるというものでした。これは、単純に300まで数を数えなければいけないので、かなりの集中力を要します。 後に先生にうかがった所、先生が綾花とエイドリアンを指定して、どんな風にしてもいいから、2人でこのビースすべてを数えるように指示したそうです。 そしたら、2人で5本のビーズごとに、ビーズを数える担当と、その数の書かれた札を探し、置いて行く係とに別れての共同作業が始まったとの事。

 綾花の学校は、モンテッソリ式の教育を行っている所ですが、この学校では、先生方が、子供達の興味と実力を見極め、それに応じたアクテビテイを与えること、またアクテイビテイを行っている子供達を他の子供達が邪魔しないという決りが徹底されています。 昨日、先生が綾花とエイドリアンに与えて下さったアクテイビテイは、過去3年モンテソッリに通っている2人だから出来る事でありました。(綾花と仲良しの女の子は、今年からモンテソッリに入ったため、全く違ったレベルのアクテビテイに取り込み中です) 実際に、私が迎えに行った時には、アクテイビテイもまだ半分くらいまでだったので、私は、2人の隣に腰掛け、アクテビテイを終了する所まで見届けたのですが、全く正反対といってもいい2人の性格が、意外にも、共同作業には、非常に効果的である事も発見しました。 ちょっとした事に盛り上がりやすいエイドリアンは、「もう240まで数えたよ、綾花!やっほー」などと叫び、そこまで数えた事の充実感を満喫する一方、冷静な綾花の、「エイドリアン、どんどん数えよう!」という一言で、エイドリアンもまた、気持ちが、果たさなければいけない作業に戻されるという感じ。 

 この作業を遠くから見守って下さっていた先生が帰り際、「今日、綾花とエイドリアンは、共に300まで数えた事以上の何かを得た事を、実感しているはずですよ」と、私の耳元でささやかれた。 この先生の洞察力と気の回し用には、驚き以上の感動を味わった次第です。3年前、この学校に綾花を通わせる事について悩んでいた際、余りに多いモンテッソリ教育に対する批判的な意見に耳を傾けず、自分自身の直感に従ったことを誇りに思う瞬間でありました。

チェロコンサート

 昨晩は、地元アクロンにある E.J Tohmas Hall で行なわれた、YoYo MAのチェロコンサートに出かけて参りました。 私は、好きになったら他のものには、見向きもせず、一途に突っ走るタイプなので、これまで、ヴァイオリン以外のクラッシック音楽のコンサートに出かけた事は、ありません。 しかし、YoYo MAと聞けば、やはり見逃すわけには、いきません。 
 彼は、中国系アメリカ人(だと思う)という事もあり、同じアジア系として親しみやすいのは、もちろんの事、日本古来からの楽器、尺八や琴などとともにチェロを弾いたりと、アジアンミュージックの追求など、私にとっては、目を引く音楽活動をされている方です。 また、綾花にヴァイオリンの教育を施すにあたって、偉大な音楽家を育てた親についての本を何冊か読んだ中に、YoYo MAのものもあった事もあり、非常に親しみやすい音楽家でもあります。

 さてさて、初めてのチェロコンサートでしたが、どんな楽器でも 一流と呼ばれる人の演奏には、魅了されます。 チェロ音楽に詳しくない私には、親しみのない曲のみの演奏では、ありましたが、5曲のうちの1曲、「ニュータンゴ」という(曲名ではありません)カテゴリーに属する曲は、進化したクラッシック音楽とでもいいましょうか? なにか、これまでに体験した事のない、新しい感覚を覚えました。 
 そういえば、ヴァイオリンでもそうですが、チェロにもプラッキングという 弦を指で弾く技法があるのですが、昨晩弾かれた曲の中にも、プラッキングを沢山使う曲が1曲ありました。 音楽的に プラッキングを組み入れた際の効果については、今の私には 説明しようがありませんが、ヴァイオリンとチェロに寄るプラッキングの違いを、私なりに考えてみました。 ヴァイオリンの場合は、 波風立っていない、静かな湖に小石を投げた時のような感覚、それに対して、チェロの場合は、水彩絵の具が、画用紙の上でゆっくりにじんでいくような、そんな感覚です。 ここ2ヶ月、 YoYo MAの音楽を数曲聞き続けていましたが、恥ずかしい事に、私には プラッキングの音は、実際に見てみないと聞き分けられなかったものでしたので、その点に非常に感動を覚えたコンサートでもありました。

 ここオハイオは、これから寒さ厳しい冬が始まりますが、それと同時に、大人の為の、クラッシック音楽の季節でもあります。昨晩のコンサートは、その幕開けには、上等すぎる程のものでした。 世の中には、色んなジャンルの音楽がありますが、私は、やはりクラッシック音楽派であります。

トヨタにて

 約1週間ぶりに、トヨタデイーラーにやって参りました。本日は、トニーのカローラの、ガスタンク内のなんとかチューブとか言うもののつけ替えです。 前回修理を試みた際には、ガソリンが満タンだったので、作業不可となり、ガソリンを減らして、再度やって来たわけです。 ここの待合室には、ワイヤレスインターネットが無料で使える機能があるので、ラップトップ持参でなんとか暇つぶししております。

 ところで、昨日、初雪が降りました。気温は、2、3度位だったでしょうか。不思議ですが、ここ1年、犬の散歩をしっかり続けているので新陳代謝が上がったのか、余り寒さを感じません。良い傾向です。この調子で、体内の脂肪をどんどん燃焼していきたいものです。

 昨日は、友人Nさんに、クリーブランドにある、アジアタウンみたいな地域を案内して頂き、そこにある、ベトナム料理の店で、フォーを頂いて参りました。 トニーもフォーなど結構好きで、出張先で食べて来た話など聞いていたので、どんなものかは、想像していましたが、始めて食したフォーの感想は、素直に「美味しい」です。透明のスープからは、想像できないくらい、しっかりした味のスープは、お腹にゆとりがあれば、全部頂きたい程でした。また来週にでも、トニーと一緒に食べに行こうと思っています。Nさん、貴重なお時間を裂いてのご案内ありがとう。

 そうそう、Nさんと言えば、彼女とは、実は、知り合ってからもう10年くらいになるのでは、ないでしょうか? 実は、アメリカに来て間もなく、ネットを通じて知り合ったお友達です。実際にお会いしたり、じっくりお話しするという機会は、少ないものの、なんだかお話ししていてほっとできる、私にとっては、貴重な存在の方です。そんなNさんも、実は、先週私と同じ事してました。 車のサイドミラーをぶつけて壊してしまったのです。 こんな事もあってか、親近感がぐっとわいた次第であります。 しかし、Nさんのすごいのは、そのミラーを ご自身で修理してしまった所。 彼女曰く、修理の手間賃だけで約$85もチャージされるということで、ものは試しとやってみたら、出来てしまったと。 私も、部品代以外に$90の手間賃を払いましたが、自分でやってみようだなんて、ちっとも思い浮かびませんでした。 節約に燃えているはずの主婦なのに、あままだ青いですねえ。 これからは、Nさんに習って、何事もまずは、トライ!の精神を身につけたいものです。 

ジョイスおばさんと真珠湾

 私がまだ日本にいた頃、(かれこれ10年以上前)でも 「ホスピス」という言葉を 少ないながらも耳にしたことがある。 アメリカなどにある、末期のがん患者、余命の少ない病人などが快適に過ごせる施設のことだ。 私も、その存在自体は、知識上だけで心得ていたものの、実際に関わった事などは、ないので、ホスピスがいったいどんなものなのかは、分からない。
 本日、トニーのママからの電話で、これまで肺がんの為、化学治療を行なってきたトニーの叔母が、すべての治療を諦め、ホスピスに移ったと教えてくれた。 これは、事実上の危篤状態というものなのだ。 ママ曰く、余命は2、3日だという。「これまで科学治療で苦労してきたのだから、今こそ、すべてから解放されて、せめて快適な最後の日々を送って欲しい」という家族の願いだそうだ。 実は、私の父も、肺がんで3年前に亡くなっている。 遠い外国に暮らしていながらも、私は、綾花と2人、父の最後の2週間を、毎日見舞ってあげる事が出来、非常に幸運だった。

 ところで、私は、この叔母に対し、深い思い入れがある。 2年前に、私達家族がハワイ旅行に行くと決まった際、この叔母からメールが届いた。その内容は、「ハワイに行ったら、真珠湾に展示されている、ボウフィンという潜水艦の無線室の写真を写してきて欲しい」というものだった。 彼女の亡き父が、第2時世界大戦時、このボウフィンの無線技師として、ここにいたのだと言う。叔母は、生きているうちにここに行ってみたいけど、飛行機に乗るのが怖くて、今の所は、行けそうにないと言っていた。 
 この依頼を受けたとき、私もトニーも非常に戸惑った。 ハワイ旅行を決めた際、真珠湾観光は、避けようと言うのが2人の意見だったのだ。 歴史好きのトニーは、絶対に訪ねたい場所だったはずだけど、日本人である私の気持ちを尊重してくれたのだ。 なので、この叔母の依頼は、受けたものなのか、どうしたものなのか、非常に戸惑った。 それは、平和な時代に生まれ育った私でも、やはり、日本人が攻撃した場所に出向く事に引け目を感じていたからだ。 でも、この叔母の心からの依頼を思うと、「今こそ,このわだかまりを崩すときかも。」という勇気がわいて 結果的には、真珠湾を訪れる事となったのだ。(興味のある方、2005年11月12日のブログをお読み下され。) 潜水艦ボウフィンの無線室と、叔母の父が愛用していた椅子の写真を写し、叔母に渡した時には,叔母は、泣きながら喜んでくれた。 この時に、私は、「真珠湾についての、あのわだかまりは、なんだったのだろう。」と、改めて、平和な時代に生きられる自分を幸福に思ったのでした。 こんな体験をした2ヶ月後、叔母に肺がんが見つかったと連絡を受けた。 この知らせを聞いたとき、私は、真珠湾を訪れる機会をつくってくれた叔母に 心から感謝した。 そして、その気持ちは、今もこれからも変わらない。

My Mac and His Mac

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 ここ数ヶ月、ラップトップコンピューター、デジカメ、i-podなど、我が家には、新兵器が続々追加されたのは、いいものの、その居場所が、なかなか確保できずにおりました。そこで、思い切って、本日、その置き場作りに取り組んでみました。
 
 アメリカのスタンダードから言えば、我が家は、割と狭い家なので、コンピュータールーム(または、書斎)なるものの確保は、かなり難しい。 そこで、コンピューターは、地下室とマスターベッドルームに分散しておいています。 地下室においているものは、トニーが自分で組み立てた フランケンピューターとも呼べるような、かなり見苦しいものです。これは、トニーの趣味の リニックス専用ということで、私は、全く関与しておりません。(難しすぎて、なんだか良くわかんないし、何台あるのかも、良くわからない。)  
 
 一方、マスターベッドルームには、マックが3台。マックのいい所は、存在感を主張しないデザインなので、3台あっても、そう感じさせないところ。 とは、言っても、この夏 3台目を導入して以来、なかなか 居場所を作ってあげられず悩んでおりました。 本日は、思い切って、ドレッサーの上のマックのために、大掃除。 これまで、雑誌や読みかけの本、外出から戻った際の荷物置き場として使っていたのですが、そこを一掃した訳であります。 

 我が家では、犬の散歩は、昼が私、夜がトニーの担当ですが、2人とも必ずi-podでポッドキャストやら音楽を聞きながら散歩する習慣があるので、i-podも各自専用のものを使います。なので、i-podもそれぞれのマックの横に置き場を作ってあげました。 写真、向かって右側が私のマック、左がトニーのです。ここだけの話ですが、ピンクのi-podは、トニーのです。(経済的事情により、e-bayで、一番安いものを買ったら、ピンクになってしまったと、本人は、言っております。)

健康について考える

 私は、若いときから 「健康」については、かなり鈍感な方で、特に食生活など、ほとんど何も考えず 食べたいものを、好きなだけ食べておりましたが、ここ数年、冬になると病気ばかりしていました。 そんな私を 見るに見かねて、 実家の母が、「病気にならない生き方」という本を送ってくれたのは、1年半前。 この本を読んで、かなりショックを受けました。 私のこれまでの食生活では、冬に風邪ばかりひいているのは、当たり前どころか、癌になるのも時間の問題か、と認識するくらいでしたから。
 そこで この本の著者おすすめの食生活に切り替え、野菜、魚中心の食生活+発芽玄米を食べる事。(この食事療法、最近話題の マクロビテクス ダイエットです)。 その後1年、ここアメリカ中西部では、なかなか魚類が手に入らないので、魚類を食べる事には、波がありますが、野菜、果物、海藻、そして発芽玄米は、これまでの私の食生活から比べたら、相当の量をコンスタントに食べる様になりました。 そんな事もあっては、昨年の冬は、これまでと比べたら信じられないくらい、風邪を引きませんでした。(+犬の散歩で、どんなに寒い日でも、散歩を欠かさなかった事もあるかもしれません。)

 さてさて、本日改めて、「健康について考える」などとテーマを持ったのは、実は、この2週間で、トニーの家族2人が立て続けに入院した事にあります。 アメリカに住んだ事のある方ならご存知かと思われますが、この国は、余程の事がない限り、入院などさせてもらえません。 私も、これまで、係留流産、子宮外妊娠などの手術を3度しましたが、いづれも、2時間程病院で休ませてもらった位です。 入院したトニーの家族は、実の妹と義理の妹ですが、2人とも、原因不明の腹痛と下痢、嘔吐がかなりひどかったらしいです。先週、3日の入院の後 退院した実の妹は、余りの腹痛に、モルヒネを打ってもらっていました。 そして、現在入院中の義理の妹にも、似たような症状が出ているそうです。 これらの腹痛は、未だ原因が分かっていないので、お見舞いを控えていますが、彼女は、3週間前に3人目の子供を出産したばかりで、この赤ちゃんをはじめとする、子供達の面倒を見てあげるのは、家族として必然的であります。

 ここで何となく、私の頭に浮かんだのは、彼女たちをはじめとする、アメリカ人の食生活です。家族といえども、皆、どんな食生活を送っているのか分からないけど、義理の妹は、魚介類を口にしたのは、28年生きていて、3度だけだというし、料理も大抵、缶詰、インスタントものを使っている。時々、「ヘルシー」についての話をするけど、考え方のレベルが余りに違いすぎて、本当の会話になっていないのだ。 話は、私に食生活の意識改革の機会を与えてくれた本に戻るが、この著者 新谷弘美 医師は、アメリカで活躍する腸専門の医師であるので、アメリカの食事情というものを心得ていらっしゃる。 彼の意見では、アメリカ人の食に関する意識は、収入の額と比例しているという。 お金のある人ほど、正しい食生活を理解し実行しているということだ。 確かに、オーガニック食品、魚介類は、一般的な食品に比べたら、かなり高い。 我が家は、決して高収入でないものの、出来る限り、質の良い食生活を心がけている。 これによって病気にならなければ、将来的に医療費は、大きく削減でき、年々驚く程の比率で値上がりしている医療費の削減につながるからだ。

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