落ち込み解消法

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 我がダーリン、トニーのきまりでは、クリスマスデコレーションは、サンクスギビングが終了してから、という事になっている。。。。。。が、飾ってしまいました、クリスマスツリー。
だって、「もうやってられない!」って事がまた起こったんです。 そう、モンスター犬、ブレイデイのやつ、またしても、、、、ですよ。 今日は、綾花のクラフト材料、使うのを惜しんで、大事にベッドの脇のテーブルにおいていた、プリンセスのシール、デジカメ用予備の電池($100也チーン!)、そしてメインは、総額$150相当のギフトカード。 これらのカードは、プラステイックのもので、それぞれアイデイ番号が見えているので使用可能だけど、これらは、これからのホリデーシーズンに備え、日頃お世話になっている人へのプレゼントとして用意していた物だったので、はっきりって、目的通りには、使えません。(犬の歯形つきギフトカードなんて、もらって嬉しいかね?) しかもこれら、送る方々の用途に合わせて選んだ物なので、はっきり言って、自分で使いたいものがないのも辛い所。
 
 そんなわけで、今日は、綾花と「もう、人生、ぱあっと行こうよ!」と、地下室にあるクリスマスの飾り付けの品々を出しては、家を飾り立てる事にしたわけです。といっても、家は、クリスマスツリーは、生の木派なので、ほとんどのオーナメントは、行き場がないのですが。昨年まで綾花の部屋に飾っていた、小さいツリーを玄関口に、後は、リースなどいつもの行き場に飾りましたです。そして、綾花が、「クリスマスライトつけたら、元気になるかも」と提案したので、トナカイ型のニセトピオリーに、クリスマスライトを巻き付け、電気をつけ、部屋も気持ちもライトアップ!を試みました。それでも何か心にもやもやが有りましたが、人生前にすすむ他ない!と 心に言い聞かせたわけです。

 最近の我が家でブームの言葉 「ブレイデイーは、さぞかし賢くなったことでしょうね。だって綾花の国語辞書、丸一冊食べちゃったんだもんね」

リサイタル

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 本日は、綾花と私のヴァイオリンリサイタルでした。 今日のために、1ヶ月程、練習を重ねてきた私たち2人です。 早朝から仕事に出かけていたトニーも、私たちの晴れ舞台を見ようと、仕事を抜け出し、駆けつけてくれました。本番では、勿論緊張しましたが、でも、皆の前で弾く事の快感もちょっぴり味わって、病み付きになりそうです。
 私が弾いたのは、鈴木慎一氏が作曲した、練習用曲「アンダンテイーノ」という曲。日頃から克服できずにいた、フィンガリング疲れ(勝手に名付けてます)は、気がつかないうちになくなっていましたが、やはり、音がずれました。っていうか、ずれないで弾けた事などない。(自慢にならない) 私の3番前に、「オースザンナ」を弾いた綾花は、なんというか、本番に強い性格で、音のずれは、私の聞いている限り、ありませんでした。 この金曜日のレッスンで指摘されていた、リズムが怪しい箇所もすっかり直っていて、パーフェクトです。(親ばかか?) ところで、私たちは、楽譜を見ないで弾くのが普通なので、今日も、開場に楽譜すら用意して行きませんでした。まあ、私や、綾花が弾く程度のものなど、楽譜なしでも余裕なのですが、会場では、綾花が、バイオリンだけ持って、ステージに上がって、クールに弾いている姿をみて、関心の声が有った様です。(順番待ちで緊張していた私は、気がつきませんでしたが、あとで、トニーのママ、パパなど親戚関係者が教えてくれました。)

 リサイタルのあとは、先生を囲んでの参加者の交流会がありました。 これまで、話だけで、一度も面識のなかったトニーは、やっとミス、ダムロンと会うことが出来ました。 私と綾花の会話に多く出てくる人物だったので、やはり、一度は、お会いしたかった様です。 この交流会には、子供達の親が持ち寄ったクッキーや飲み物が振る舞われましたが、私も夕べ3ダース分のクッキーを焼き持参しました。 綾花は、リサイタルよりも、このクッキー狙いなのは、見え見えで、自分の番が終わった瞬間から、クッキータイムをしきりに気にしていたのでした。 この交流会では、多くの方が私どもの所に来て、お世辞の言葉をかけて下さいました。 そのほとんどは、綾花の演奏に関するものでしたが、中に一人、私へのお言葉を下さった方がいました。まあ、大人の生徒で、舞台に立つのは、私が初めてだったという事で、そういう精神への応援みたいなものですが、それでも嬉しかったです。
  
 数々頂いた、綾花の演奏へのお言葉の中で、特に印象に残ったのは、60代くらいのおじいさんのお言葉です。 彼は、ご自身のお孫さんもヴァイオリンを演奏された様ですが、まずは、「綾花の完璧な演奏は、どんなひいき目にみても、私の孫以上だと認めざるを得ない」と最上級のお世辞を述べて下さった後、「周りの大人の欲に、この才能がつぶされない様、守ってあげて下さいね。」と言われました。 実は、数日前にも、ミス、ダムロンから、「親が、子供の才能をつぶしてしまうケースを何度も見て来た」という話を聞いたばかりであった。 今は、私も綾花も、何がなんだか分からず、夢中で突っ走っている、っていうのが正直な所だけど、いつの日か、今日のおじいさんから頂いた言葉を、自分自身に言い聞かせなければいけない日が来るかもしれない。(このおじいさん、気を使って、周りの大人とおっしゃったけど、これは、私とトニーの事なのだと心得ている。) その時のために、この出来事は、本日のブログに記しておきたかったのです。

 家に帰って気がついてみたら、今日は、綾花のヴァイオリンレッスンを始めて、丸5ヶ月目でした。 レッスンを始めたばかりの頃は、今日の様に、曲が弾ける日が来るのか疑問の日々でしたが、その時、その時、乗り越えるべき壁を地道に超すことによって、ここまで成長できるのだなあ、と実感です。 これから何か始めようと思われている方、お子様に何か始めさせたいと思っておられる方、日々の努力は、必ず成果を見せます。それを信じて、何事も、毎日続けられる事をおすすめします。 まさしく『継続は、力なり』ですぞ。

学校にて

 本日は、綾花の通う学校の最年少クラスにて、ヴァイオリンを弾く事になったので、綾花を伴っての、ミニ演奏会を行って来ました。 こちらのクラスは、平均3歳の子供達が12人、綾花も、2年前は、このクラスで毎日楽しく過ごしていました。
 
 演奏した曲は、勿論、「キラキラ星」、「オースザンナ」「ジングルベル」「歓びの歌」「ホットクロスバンズ」です。 最初は、鈴木式でおなじみの、キラキラ星の3つの違ったリズムを、手拍子で紹介し、バイオリンの演奏と共に、手拍子をうってもらいましたが、手拍子が揃うなんて言うのは、奇跡で、ほとんどの子供が、跳ねたり踊ったり。 普段この学校では、このような子供達に刺激を与えるような事は、固く禁止されていますが、このクラスの担任の先生は、「子供達は、音楽を心の底から祝っているのですよ」と、大目に見てくれた。その後は、綾花が続けて3曲弾いてくれ、最後に、ホットクロスバンズの曲にあわせて、皆で合唱して終わった。

 2年前まで、在籍していた教室で、小さな子供のためにヴァイオリンを弾く綾花の姿を見て、当時の担任であった先生は、とても嬉しそうに綾花の演奏を聴いて下さった。 演奏会の最後に、学校の教材の地図を使って、私の生まれ育った日本の国の場所を子供達に伝え、また、日本語の話を少しだけしてみた。「日本では、どんな言葉を話しているか知っている?」と私が質問したら、「スペイン語でしょう!」と、つかさずかえってきたコメントに、綾花は、バカ受けであった。 まだまだ3歳そこそこの、アメリカで育った子供達だ。 スペイン語であろうが、英語とは、別の言葉が話されている、という意識があるだけでも、上出来では、ないか。 そこで、「この地球上には、沢山の国があって、沢山の言葉もあるんですよ。違う言葉同士の人が、話をする事は、なかなか難しいことだけど、音楽を通して、違う言葉を話す人たちは、気持ちを分かち合える事が出来るんです。 だから、私は、音楽を勉強する事がとても楽しいですよ。」とメッセージを残した。 3歳そこそこの子供達には、この言葉は、理解し得ないかもしれない。 でも、実は、このメッセージは、私と共に、演奏会に参加してくれた綾花に伝えたい事だったんです。 

 それにしても、多少(かなりかな?)音程のずれたヴァイオリン音楽であっても、子供達は、目と耳が釘づけであった。 このクラスの担任の先生は、鈴木式を慕う方で、彼女は、音楽の力(特に、2、3歳児に対して)を、非常に重んじる方で、私のお粗末なヴァイオリン演奏であろうが、いつでも彼女の教室に弾きに来てくれとおっしゃる。 これは、私のような、駆け出しヴァイオリンレッスン生にしてみたら、上等な依頼ではないか? 子供達は、多少音がずれようが、音を飛ばそうが、評価を試みるためでなく、音楽を楽しむために聞いてくれる最高の観客なのだから。

こんな状態で……….

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 ちょっと前に紹介しました、我が家のモンスター、ブレイデイー。 このところ大分落ち着いてきたと思っていましたが、それは、大間違いでした。 今朝、綾花を学校に送り届けた後、家に入ってみた時の状態がこの写真です。 はっきり言って言葉を失いましたが、その後は、むかむかと腹の底からの怒りが、噴火のように爆発です。

 こんなとき、私の心の師匠、シーザーミラン氏は、「感情をすべてなくして叱れ」とおっしゃいます。(この場合の叱るという行為は、言葉でなく、犬を地面に寝かしつける事。)
しかし、こんな状態を目の当たりにして、感情をなくす事が出来るのでしょうか? これまでにも、綾花のおもちゃや食パン、トニーの財布、現金、クレジットカードなどが被害に遭い、その度に、感情を整える努力をしてきました。でも、今日は、なんだか、それを試みる事自体馬鹿げているような気がして、思い切り、頭をたたいてしまいました。 犬は、相当ショックだったのか、自らが作り上げたゴミの真ん中に寝転がって、しばらく動きませんでしたが。それにしても、この自分自身の怒りのコントロールは、本当に難しい。頭では、理解しても、やはり感情は、理性には、勝てないのが現実ですものね。 

高尾山の猿

 西東京に高尾山という山がありますが、そこに猿山園という、ニホンザルの群れを放し飼いにしている観光名所があり、東京の西隣の山梨県で生まれ育った私は、小学生の頃、遠足でそこにいった事を覚えています。 ちょっと前に、ここの猿たちについての興味深い観察記録を読みました。それは、私の子育てにも、大きな影響を与えた記事です。本日は、その内容を、簡単に記述させて頂きます。

 猿山の猿は、夏から秋にかけて出産し、冬が明けた春には、小猿たちが、賑やかに遊ぶ姿が見られるのが通常。 ところが、まれに見ない程の大雪を記録した冬が明けた1984年の春、6匹の子猿のうち、一人で歩き母親から離れて遊ぶ事が出来た猿は、わずかに2匹のみ。 他の4匹は、母にだっこされた状態が長い事続いたそうです。 その異様な光景の原因を探るため飼育員が、原因究明に乗り出しました。 まず、通常に歩き出した2匹の小猿は、スミというお母さんの子供と孫だという事。そこで、スミの日頃の子育てと別の母猿の子育ての違いを中心に分析した結果、次のような違いが認められました。 高尾山では、猿たちに食事を与えるのは、1日2回、園内の決まった場所にえさを放置し、猿たちは、ここに歩いてえさを食べに行くのが日課となっています。 これは、大雪の降った1984年の冬も変わらず行なったそうです。 その際、スミとスミの娘以外の母猿は、子猿をだっこしたまま、えさ置き場まで 毎日2回でかけたのですが、スミとスミの娘は、まず、自分が深い雪の中を先に歩いて、雪を踏み固め、足場をつくってから、子供を自分の足で歩かせたそうです。 もう一歩深く探ってみると、このメス猿の群れの中でスミのみが野生で産まれた猿だったそうです。
 このレポートは、過保護な親の行動が、子供達の成長ににどのような影響を及ぼすのか、という事を考えさせられます。 また、この事件は、別の展開をみせます。 春も深まり夏が始まる頃、やっと母親から離れる事が出来た小猿たちは、木登りなどの、猿に取って生きて行く上で必然的な遊びに見向きもしなかったのですが、そこに1匹のメスざるが、小猿を集めて、木登り教室のような、いわば保母さんの役割を、自然に始めたそうです。 このメス猿については、余り詳しく書かれていませんでしたが、これまた、面白いものだと思いました。
 この記事にて、自分自身の子供への接し方、個人としての社会とのつながりなど、深く考えさせられましたが、中でも特に印象的だった内容は、次のものです。 猿山に保母さんが現れたおかげで、子猿たちは、木登りやロープにぶら下がる事が出来るようになったのですが、それでも1匹、どうしても歩こうともしないものがいました。猿の社会では、大変珍しい事ですが、最終的には、雄のボスがこの子供を引き取って、歩き方の訓練など教え始めたそうです。実は、この子猿はボスの子供でした。(うーん、人間の社会でも、偉い人の子供って、目立って駄目なやつ、結構いるかも。) ボス直々に教え込んでも、全くやる気の産まれない子猿に嫌気の指したボス猿が、ある時、子猿を崖の上から突き落としたそうです。 崖の下では、子猿が頭から血を流して、ヒステリックに泣いていたものの、助けようとする猿ににらみをきかし、ボス猿は、決して助けようとは、しませんでした。 その後、泣いても無駄だと分かった子猿は、良い足場の岩を探して、自ら崖の上に這い上がり、崖の上までたどり着くと、ボス猿は、傷口をなめて手当をし、しばらく、包容をしていたそうです。その出来事の後は、ボスの子も、自らの足で歩き、他の子猿のように木登りやロープ遊びが出来るようになったとの事。

 猿の世界の話ですが、何か自分の身に変えられそうでは、ありませんか? このボス猿が行なった強硬手段を 将来行なうはめにならない様、普段から心がけて行きたいものですね。

メモ

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 我が家では、家族のメンバーが皆 守らなければいけない ”きまり” というものが、いくつか存在します。 そのひとつが、”私、または、綾花がヴァイオリンの練習をしている時には、弾いている曲を弾き終わるまでは、話しかけては、いけない” というもの。 この決まりに寄って、私は、とことん練習に打ち込める(本当かな?)わけです。 ところが、決りがあると、そこには、それをギリギリ許される範囲で、克服する者も出て来ます。 そんなチェレンジャーが我が家にもおりました。今夜、私が、今週の課題曲のうちの1曲 ”Joy To The World” を繰り返し繰り前し練習していると、私の見ていた楽譜にいきなりメモが張られました。 しかも、丁度私が弾いている箇所です。 そこで、一旦演奏を止めると、つかさず「話しかけてないよ!」と綾花。 確かにそうだけど、邪魔には、変わりなし。 まあ、寝る前に本を読んでくれるという事で、今夜は許しました。 で、ベッドタイムの際、ドラの本を1冊読んで頂きました。

ジョイスおばさんの死

 先日のブログに書いたジョイスおばさんが、木曜日の夜(11月8日) 息をひきとられました。 53歳の若さです。 私がこの国に来て以来10年間のおつきあいで、毎夏行われる、ファミリーリユニオン(家族一同集合するイベント)の際、いつでも私の作っていった食べ物が一番おいしい、と密かに褒めてさ下さいました。トニーの家族は、誰もがやさしく接してくれますが、家が近い事もあってか、中でも特に親しく、また頼りにしていたおばさんでした。53歳という若さを考えると、本当に惜しい気持ちでいっぱいです。 ジョイスおばさんのご冥福を心のそこより祈っております。

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