高尾山の猿

 西東京に高尾山という山がありますが、そこに猿山園という、ニホンザルの群れを放し飼いにしている観光名所があり、東京の西隣の山梨県で生まれ育った私は、小学生の頃、遠足でそこにいった事を覚えています。 ちょっと前に、ここの猿たちについての興味深い観察記録を読みました。それは、私の子育てにも、大きな影響を与えた記事です。本日は、その内容を、簡単に記述させて頂きます。

 猿山の猿は、夏から秋にかけて出産し、冬が明けた春には、小猿たちが、賑やかに遊ぶ姿が見られるのが通常。 ところが、まれに見ない程の大雪を記録した冬が明けた1984年の春、6匹の子猿のうち、一人で歩き母親から離れて遊ぶ事が出来た猿は、わずかに2匹のみ。 他の4匹は、母にだっこされた状態が長い事続いたそうです。 その異様な光景の原因を探るため飼育員が、原因究明に乗り出しました。 まず、通常に歩き出した2匹の小猿は、スミというお母さんの子供と孫だという事。そこで、スミの日頃の子育てと別の母猿の子育ての違いを中心に分析した結果、次のような違いが認められました。 高尾山では、猿たちに食事を与えるのは、1日2回、園内の決まった場所にえさを放置し、猿たちは、ここに歩いてえさを食べに行くのが日課となっています。 これは、大雪の降った1984年の冬も変わらず行なったそうです。 その際、スミとスミの娘以外の母猿は、子猿をだっこしたまま、えさ置き場まで 毎日2回でかけたのですが、スミとスミの娘は、まず、自分が深い雪の中を先に歩いて、雪を踏み固め、足場をつくってから、子供を自分の足で歩かせたそうです。 もう一歩深く探ってみると、このメス猿の群れの中でスミのみが野生で産まれた猿だったそうです。
 このレポートは、過保護な親の行動が、子供達の成長ににどのような影響を及ぼすのか、という事を考えさせられます。 また、この事件は、別の展開をみせます。 春も深まり夏が始まる頃、やっと母親から離れる事が出来た小猿たちは、木登りなどの、猿に取って生きて行く上で必然的な遊びに見向きもしなかったのですが、そこに1匹のメスざるが、小猿を集めて、木登り教室のような、いわば保母さんの役割を、自然に始めたそうです。 このメス猿については、余り詳しく書かれていませんでしたが、これまた、面白いものだと思いました。
 この記事にて、自分自身の子供への接し方、個人としての社会とのつながりなど、深く考えさせられましたが、中でも特に印象的だった内容は、次のものです。 猿山に保母さんが現れたおかげで、子猿たちは、木登りやロープにぶら下がる事が出来るようになったのですが、それでも1匹、どうしても歩こうともしないものがいました。猿の社会では、大変珍しい事ですが、最終的には、雄のボスがこの子供を引き取って、歩き方の訓練など教え始めたそうです。実は、この子猿はボスの子供でした。(うーん、人間の社会でも、偉い人の子供って、目立って駄目なやつ、結構いるかも。) ボス直々に教え込んでも、全くやる気の産まれない子猿に嫌気の指したボス猿が、ある時、子猿を崖の上から突き落としたそうです。 崖の下では、子猿が頭から血を流して、ヒステリックに泣いていたものの、助けようとする猿ににらみをきかし、ボス猿は、決して助けようとは、しませんでした。 その後、泣いても無駄だと分かった子猿は、良い足場の岩を探して、自ら崖の上に這い上がり、崖の上までたどり着くと、ボス猿は、傷口をなめて手当をし、しばらく、包容をしていたそうです。その出来事の後は、ボスの子も、自らの足で歩き、他の子猿のように木登りやロープ遊びが出来るようになったとの事。

 猿の世界の話ですが、何か自分の身に変えられそうでは、ありませんか? このボス猿が行なった強硬手段を 将来行なうはめにならない様、普段から心がけて行きたいものですね。