私は、スタッフか?

 この季節、どこの学校でも、サンクスギビングのイベントから始まって、冬の催し物の準備に忙しい事と思う。 綾花の通う学校も例外では、ない。 現在、校長先生が長期療養で不在のため、各クラスの先生方が、催し物の準備に明け暮れているのだが、なぜか、私がこのメンバーに加わっている。 自分でも、摩訶不思議?!?!状態です。 
 
 話の始まりは、綾花のクラスの生徒たちに 折り紙で作るクリスマスツリーに飾るオーナメントを教えるだけの事だった。 が、冬の催しもののテーマが、「世界の国々について」という事で、先生方の出身の国(この学校の先生は、様々な国籍の方がいます)を選び、その国々の生活やイベントなどの話を子供に聞かせ、それを絵に描いたり、文にまとめたり。さらには、それぞれの国のクリスマスにまつわる歌を、生徒たちが歌うというものだ。 が、そこに、なぜか、「日本」が入っていた。 綾花の担任の先生と私は、まあまあの友達(どんな友達?)ということで、彼女に「Mrs. Coffman, I hope you don’t mind」の一言で、押し切られてしまったわけだ。 (私が、こういう事を引き受ける度、トニーには、「ノーと言える、恵美になりなさい!」とよく言われる。が、私は、しがない、「ノーと言えない日本人なのであります」)

 で、今週は、2回にわたって、折り紙を教えに出かけてきました。 4種のオーナメントを作ることにしたのだけど、そのうち1つは、綾花に教え込み、綾花が各生徒に教えて回ってくれた。なかなかの戦力だ。 折り紙は、昨年も何度か教えたりしていて、何人かの生徒は、非常に上手く折れたので、その子供達に、上手く出来ない子のサポートをお願いしたりして、全20人の子供達に、何とか4つのオーナメントを折ってもらう事ができた。

 やっと折り紙が終わったと思ったら、今度は、日本語で歌う、クリスマスソングのお手伝いだ。私は、本当に音痴なので、「歌は、絶対に教えられない」と言っておいたのにも関わらず、そんなのは、全くの無視である。来週、また歌を教えに来てくれということになってしまった。(どうすりゃいいのよ?)

 で、1回目に折り紙を教えに出向いた際、小学校部門の先生から、「私の生徒達も、折り紙を折りたいってうるさいから、何か教えてくれないかしら?」と言われ、ものは、ついでなので了解したら、それだけでは、済まされず、「日本の独特のイベントってもの、何かないかしら?それを子供達に話してあげてれ」って、なんでそうくるかな? で、来週は、このクラスに、ひな祭りについて、お話しすることになった。 まあ、小学校部門は、来年の綾花の進学校を検討中なので、是非見学してみたい気もあったので、こういう機会に、色々見ておくのもいいかな?と思うのであります。 

 そんなこんなで、何かと忙しくしている私ですが、さらに追い打ちをかけたのは、意外にも意外! ヴァイオリンのレッスンについての質問が、生徒の親御さんから、結構来るのだ。 なんでも、綾花が学校でレッスンを始めるようになってから、ヴァイオリンを習いたい子供達が、4人も出てきた。その生徒さんたちの親から、先生ではなく、何故か私に、色々な質問が寄せられる。 簡単なものでは、学期のレンタル先と価格について、からはじまり、3歳半のお子さんを持つお母さんは、綾花がヴァイオリンを始める前までに行なってきた準備(環境を整える事、感情表現を豊かにする事など)について、詳しく聞かせて欲しいとか、まあ、様々である。 ヴァイオリン教育については、私もド素人で、かなりどん欲に、いろいろな方法を探ってきたので、ド素人だけど、子供に習わせたいお母さんの気持ちは、十分理解している。しかし、私の行き着いた最良の方法は、私も習う事であり、これを話すと、ほとんどのお母さんは、引いてしまうのだ。 そうなるとねえ、もう何も言えないのが正直な所。 まあ、皆さんも、独自の方法を見つけられたらいいと思う。(私も是非それをヒントに、新たな練習方法など見つけられたらいいなあ)

 こんな状態で、ここ何日か過ぎているわけます。 それにしても、本日、20人の子供達に質問攻めで、クラスの終了とともにげっそりしていたら、友人で担任の先生に「持つべきものは、インターナショナルな親なのよね。助かるワー」と励まされた。 が、インターナショナルな親なら、他にインド人がたくさーんいるのだ。彼らは、何処にいった? まあ、皆、共働きしていて大変なんだろうな。 でも、こういう機会があると、綾花が、半分日本人であることを、意識してくれるだろうと、言い聞かせて 頑張れるわけであります。

 

この季節の絵本

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 サンクスギビングも終わって、クリスマスシーズンも真っ只中の昨今ですが、我が家のストーリータイムに読む本も、クリスマス関連のものが多くなりました。

 ミッフィーでおなじみの デイック ブルーナの 「クリスマスってなあに」 は、 キリストの誕生を祝うこの日の事を、彼の特許とも言える 単純明快な語りと絵によって、子供達に分かりやすく伝えてくれます。 我が家では、カトリック信者と仏教徒(一応ね)の共存一家で、綾花には、宗教の強要は、していませんが、アメリカに暮らしている以上、キリスト教を教養としてしておくべきと考え、この本を選んだ次第です。

 「ぐりとぐらのおきゃくさま」は、日本の子供ならおなじみの、ぐりぐらシリーズのクリスマス版っていうところでしょうか? このお客様、どう見てもサンタだけど、本の中では、「サンタ」という言葉は、全く使われていないのが、興味をひくところ。 ところで、「ぐりぐら」シリーズは、何冊か持っていて、結構読んでいるのにも関わらず、綾花も私も、ついでにトニーも、未だに、どっちがぐりで、どっちがぐらなのか 良くわからないのであります。

 最後の1冊「こうさぎ ましろのお話」。 この本には、大事な思い出があります。1年半前まで、お父様のお仕事の赴任によって、一定期アメリカに住んでいた 綾花のお友達 ましろちゃんが、1年半前に日本に帰国される時に、プレゼントしてくれたものです。 本を開く度に、彼女の事をお話する機会があり、本の内容と共に、ほんわかした気持ちにさせてくれる大事な大事な1冊です。

One Person's Trash is the Other Person's Treasure

 今朝、朝食を頂いている時 綾花が

「ねえ、お母さん知ってる? One Person’s Trash、、、、、、」

と言いかけた。 最近、ゴミを捨てる事は、公害に相当する ということをしきりに主張している彼女なので、(またまたお得意の、環境問題の訴えか。。。。)と思いきや

「One Person’s Trash is the Other Person’s Treasure」

(その言葉は、、、、その言葉だけは、まだ覚えて欲しくなかった、、、、)
日本語に訳すと、「ある人のゴミは、他の人にとっては、宝物だ」
  
 実は 綾花は、ゴミ拾いの天才なのだ。 散歩に出かけたり、公園に遊びに行ったりして、手ぶらで帰って来た事は、まずあり得ない。 誰かがたべた、キャンデイの包み紙や、バービーの柄の布切れ、ビーズなどなど。 それらは、ジップロックの袋の中に大事にしまってある。 おまけに、家の玄関の脇には、散歩に出かけるたびに拾ってくる、木の枝が山の様に摘まれているし、カーシートに付随しているポケットには、これまで食べたお菓子の包み紙が詰まっている。 こんな綾花なので、 自分の行為を肯定するために、「One Person’s Trash is the Other Person’s Treasure」という言葉を使う事は、間違いなし。 私に言わせれば、「あんたの宝は、私にとっては、ゴミなんじゃ!」です。

ホームシックになるかも

 4日間の連休明けの本日、トニーも綾花も朝寝坊の癖がついてしまっていて、何とも不機嫌な朝でございました。 しかし、綾花には、本日 重大なミッションがあったのです。 ベッドからなかなか出ようとしない綾花に、

「今日は、学校で本を読む当番じゃない?」

すると、むくっと起き上がり、

「私の読む本、持って行くの忘れないでね」

なんで私なの?全く)

綾花の学校では、毎日、昼食後、生徒が皆に本を読んで聞かせることになっている。 で、本日は、綾花の当番の日だったのだ。 自分で選んだ本は、既に暗記していて、ページを開かなくとも、ほとんど読めてしまえるような感じだけど、それでも

「ちょっとドキドキするなあ」

と緊張気味で、朝食を食べていました。すると、いきなり

「私、ホームシックになるかも」

「ヘッ?」

「ホームシックって、本当の病気じゃないんだよ。 お家やおとうさん、おかあさんのことが恋しくなる事なの」

「で、今日、学校に行って、ホームシックになるの?」

「だって、この本を持って行ったら、いつも読んでくれるお母さんやお父さんの事思い出しちゃうから」

「なるほど。。。。」

でも、今日、学校に迎えに行った時には、

「なんでも、もう、迎えにきたの? まだこの塗り絵、仕上がっていないから、帰らないよ」

って、あのホームシック宣言は、なんだったの? 我が家の摩訶不思議な 5歳児であります。

続 七面鳥丸焼き 残り物料理編

 昨日焼いた七面鳥、まるまる半分が残っております。 そこで、この先数日は、この残り物を使った料理が、我が家の食卓を楽しませてくれる。

まずは、本日のランチ、「ターキーストロガノフまがい」。 タマネギ、マッシュルームをいためホワイトソースでからめ、そこに昨日の残りものの、グレイビーソースを入れます。最後に、コーン(こちらも残り物)を入れ、エッグヌードルにそえて、はいどうぞ!
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 午後から、綾花をスケートに連れて行ってくれたトニーに、ねぎらいの気持ちを込め、ビールのおつまみに作ってみました。冷ターキーサラダ。冷蔵庫から出したターキーをそのまま千切りに。キュウリとタマネギの千切りとまぜ、特製ドレッシングでまぶして、ハイ一丁上がりー!(特製ドレッシングは、練りわさびをポン酢でといた物に、ごま油とすりごまを混ぜたもの。我がダーリンは、ごま味に目がないのだ。)
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 そして、歯科矯正中の私の命綱食、リゾット。ターキーを細かく切ったものをブロッコリータマネギのみじん切りと共に、コンソメスープで煮込んだ物とともに、冷ご飯をいれ、さらに煮込んで出来上がり。
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 これでもまだまだ残っている七面鳥。明日は、ターキーカレーを作ろうと思うので、今夜からタマネギと共に、ドラムステイック(足の部分)を、弱火でコトコト煮込んでおります。 我が家は、皆カレー好きなので、皆、明日の夜を楽しみにして、ベッドに入った次第です。では、おやすみなさーい。

七面鳥丸焼き 本番

 昨日からアップルサイダー漬けにしていた七面鳥、いよいよ 丸焼き開始です。 インターネットの情報では、12ポンドの七面鳥の丸焼きに要する時間は、中に詰め物をした場合で、4時間半、詰め物なしで3時間半から4時間ということ。 デイナー開始時刻は、4時半頃とし、4時には焼き上げておきたい。という事は、七面鳥をオーブンに入れるのは、12時。 そうそう、今日は、ダウンタウンでお昼からクリスマスパレードがあるため、トニーは、綾花を連れ出かけてくれるので、私は、料理に集中できるわけだ。

 まずは、七面鳥のお腹の中に、りんごとローズマリーを詰め込み、ドライハーブをまぶしたオリーブオイルを全体にまんべんなく塗り、400度(華氏)に暖めたオーブンへ。 最初の20分を400度の高温で焼き、全体がこんがり色になった所で、325度に下げ、ひたすら焼き続けます。オーブンの中では、油が飛び散る音が「ぱちぱち」賑やかです。と同時に、煙が。。。。。室内の警報機が「ピーピー」けたたましく響き賑やかなこと。

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 こちらの写真☝は、焼き始めて1時間経過したもの。 この時点で1度上下の位置をかえます。 そしてさらに、325度で焼き続けます。

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 2時間経過☝がこちら。 この時点で、かなりこげて来たので、アルミホイルを七面鳥全体にかぶせ、またまたオーブンへ。

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 たら〜。 こちらは、焼き上がりです。 焼き上がりまでに4時間かかりました。 最後の30分は、アルミホイルを外したので、かなりこげてしまいましたが、気にしない、気にしない。 それにしても、アップルサイダー漬け、アップル入りの七面鳥の丸焼きは、とてもいい香りでした。

 

七面鳥の丸焼き 準備編

 今日は、寒いです。最低気温は、早くも氷点下になり、今朝は、庭や家々の屋根が、うっすら雪化粧をしておりました。夜の犬の散歩では、路上が凍結していて、危うく滑って転びそうになりました。

 ところで、昨日は、サンクスギビングデーで、この休暇は、大抵の人々が家族とともに過ごすので、街中も静まり返っておりました。 我が家でも、ここ数年恒例になっている、義理の妹の家での、フィーストに招かれ、七面鳥、その他の伝統的な料理を頂いて参りました。 我が家では、全員集まると30人という大所帯になるので、このイベントを率先して行ってくれる勇気のある人は、今の所 この妹のみです。 なので、彼女には、大変感謝しております。
 
 さて、今回は、妹が見つけた、スーパーサパーという、サンクスギビングの食べ物を冷凍で売っているお店から、ターキー以外の物は、(マッシュトポテト、スタッフィン、ヤムイモ、クランベリーソース、グレイヴィーソース、グリーンビーンズキャセロール)すべて買いそろえたということで、我が家が用意したのは、アペタイザープレート、フルーツの盛り合わせ、そしてチーズとクラッカーでした。なんか、手作りでないのは、ちょっと悲しいけど、これだけの人数分をすべて用意するというのは、並大抵では、出来ない事だ。(でも、ここの食べ物、結構美味しかった)

 実は、我が家でも、3年前に、この大家族を招いて、サンクスギビングのお祝いをしたことがあります。当時は、20人程のゲストだったけど、24ポンドのターキーを焼くのに要した時間は、なんと7時間。昼の1時からのランチのため、仕込みは、朝3時からはじめました。さすがに、こんな労力は、既にないので、家族を招く事は、できませんが、今年は、親しい友人を招いて、ターキーを焼くことにしました。 本日、ターキーを買いに行くと、セールになっていて、なんと12ポンドのターキーがたったの$4。とってもお買い得です。

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 今回用意したのは、12ポンドのもので、焼き時間は、約3時間半ということ。 3年前と比べたら、大きさも半分程度なので、扱いもらくちんらくちん。 今回は、シカゴトリヴューン(新聞社)のサイトで見つけた、アップルサーダー漬けのレシピを採用! まずは、焼き始める24時間前から、アップルサーダーにハーブを混ぜた物に、マリネするということ。 そこで、家の戸棚にあった、オレガノ、バジル、ローズマリー、塩、胡椒をアップルサイザーにまぜ、大きな袋のなかでターキーと共に寝かせる事に。

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 袋に入れたターキーは、こんな感じで冷蔵庫の中に入れてあります。数時間置きに、ターキーの位置をずらして全体にアップルサイザーがかかる様にしてあります。 これっていったい、どんな味になるのかな? 明日の焼き上がりが楽しみです。

落ち込み解消法

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 我がダーリン、トニーのきまりでは、クリスマスデコレーションは、サンクスギビングが終了してから、という事になっている。。。。。。が、飾ってしまいました、クリスマスツリー。
だって、「もうやってられない!」って事がまた起こったんです。 そう、モンスター犬、ブレイデイのやつ、またしても、、、、ですよ。 今日は、綾花のクラフト材料、使うのを惜しんで、大事にベッドの脇のテーブルにおいていた、プリンセスのシール、デジカメ用予備の電池($100也チーン!)、そしてメインは、総額$150相当のギフトカード。 これらのカードは、プラステイックのもので、それぞれアイデイ番号が見えているので使用可能だけど、これらは、これからのホリデーシーズンに備え、日頃お世話になっている人へのプレゼントとして用意していた物だったので、はっきりって、目的通りには、使えません。(犬の歯形つきギフトカードなんて、もらって嬉しいかね?) しかもこれら、送る方々の用途に合わせて選んだ物なので、はっきり言って、自分で使いたいものがないのも辛い所。
 
 そんなわけで、今日は、綾花と「もう、人生、ぱあっと行こうよ!」と、地下室にあるクリスマスの飾り付けの品々を出しては、家を飾り立てる事にしたわけです。といっても、家は、クリスマスツリーは、生の木派なので、ほとんどのオーナメントは、行き場がないのですが。昨年まで綾花の部屋に飾っていた、小さいツリーを玄関口に、後は、リースなどいつもの行き場に飾りましたです。そして、綾花が、「クリスマスライトつけたら、元気になるかも」と提案したので、トナカイ型のニセトピオリーに、クリスマスライトを巻き付け、電気をつけ、部屋も気持ちもライトアップ!を試みました。それでも何か心にもやもやが有りましたが、人生前にすすむ他ない!と 心に言い聞かせたわけです。

 最近の我が家でブームの言葉 「ブレイデイーは、さぞかし賢くなったことでしょうね。だって綾花の国語辞書、丸一冊食べちゃったんだもんね」

リサイタル

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 本日は、綾花と私のヴァイオリンリサイタルでした。 今日のために、1ヶ月程、練習を重ねてきた私たち2人です。 早朝から仕事に出かけていたトニーも、私たちの晴れ舞台を見ようと、仕事を抜け出し、駆けつけてくれました。本番では、勿論緊張しましたが、でも、皆の前で弾く事の快感もちょっぴり味わって、病み付きになりそうです。
 私が弾いたのは、鈴木慎一氏が作曲した、練習用曲「アンダンテイーノ」という曲。日頃から克服できずにいた、フィンガリング疲れ(勝手に名付けてます)は、気がつかないうちになくなっていましたが、やはり、音がずれました。っていうか、ずれないで弾けた事などない。(自慢にならない) 私の3番前に、「オースザンナ」を弾いた綾花は、なんというか、本番に強い性格で、音のずれは、私の聞いている限り、ありませんでした。 この金曜日のレッスンで指摘されていた、リズムが怪しい箇所もすっかり直っていて、パーフェクトです。(親ばかか?) ところで、私たちは、楽譜を見ないで弾くのが普通なので、今日も、開場に楽譜すら用意して行きませんでした。まあ、私や、綾花が弾く程度のものなど、楽譜なしでも余裕なのですが、会場では、綾花が、バイオリンだけ持って、ステージに上がって、クールに弾いている姿をみて、関心の声が有った様です。(順番待ちで緊張していた私は、気がつきませんでしたが、あとで、トニーのママ、パパなど親戚関係者が教えてくれました。)

 リサイタルのあとは、先生を囲んでの参加者の交流会がありました。 これまで、話だけで、一度も面識のなかったトニーは、やっとミス、ダムロンと会うことが出来ました。 私と綾花の会話に多く出てくる人物だったので、やはり、一度は、お会いしたかった様です。 この交流会には、子供達の親が持ち寄ったクッキーや飲み物が振る舞われましたが、私も夕べ3ダース分のクッキーを焼き持参しました。 綾花は、リサイタルよりも、このクッキー狙いなのは、見え見えで、自分の番が終わった瞬間から、クッキータイムをしきりに気にしていたのでした。 この交流会では、多くの方が私どもの所に来て、お世辞の言葉をかけて下さいました。 そのほとんどは、綾花の演奏に関するものでしたが、中に一人、私へのお言葉を下さった方がいました。まあ、大人の生徒で、舞台に立つのは、私が初めてだったという事で、そういう精神への応援みたいなものですが、それでも嬉しかったです。
  
 数々頂いた、綾花の演奏へのお言葉の中で、特に印象に残ったのは、60代くらいのおじいさんのお言葉です。 彼は、ご自身のお孫さんもヴァイオリンを演奏された様ですが、まずは、「綾花の完璧な演奏は、どんなひいき目にみても、私の孫以上だと認めざるを得ない」と最上級のお世辞を述べて下さった後、「周りの大人の欲に、この才能がつぶされない様、守ってあげて下さいね。」と言われました。 実は、数日前にも、ミス、ダムロンから、「親が、子供の才能をつぶしてしまうケースを何度も見て来た」という話を聞いたばかりであった。 今は、私も綾花も、何がなんだか分からず、夢中で突っ走っている、っていうのが正直な所だけど、いつの日か、今日のおじいさんから頂いた言葉を、自分自身に言い聞かせなければいけない日が来るかもしれない。(このおじいさん、気を使って、周りの大人とおっしゃったけど、これは、私とトニーの事なのだと心得ている。) その時のために、この出来事は、本日のブログに記しておきたかったのです。

 家に帰って気がついてみたら、今日は、綾花のヴァイオリンレッスンを始めて、丸5ヶ月目でした。 レッスンを始めたばかりの頃は、今日の様に、曲が弾ける日が来るのか疑問の日々でしたが、その時、その時、乗り越えるべき壁を地道に超すことによって、ここまで成長できるのだなあ、と実感です。 これから何か始めようと思われている方、お子様に何か始めさせたいと思っておられる方、日々の努力は、必ず成果を見せます。それを信じて、何事も、毎日続けられる事をおすすめします。 まさしく『継続は、力なり』ですぞ。

学校にて

 本日は、綾花の通う学校の最年少クラスにて、ヴァイオリンを弾く事になったので、綾花を伴っての、ミニ演奏会を行って来ました。 こちらのクラスは、平均3歳の子供達が12人、綾花も、2年前は、このクラスで毎日楽しく過ごしていました。
 
 演奏した曲は、勿論、「キラキラ星」、「オースザンナ」「ジングルベル」「歓びの歌」「ホットクロスバンズ」です。 最初は、鈴木式でおなじみの、キラキラ星の3つの違ったリズムを、手拍子で紹介し、バイオリンの演奏と共に、手拍子をうってもらいましたが、手拍子が揃うなんて言うのは、奇跡で、ほとんどの子供が、跳ねたり踊ったり。 普段この学校では、このような子供達に刺激を与えるような事は、固く禁止されていますが、このクラスの担任の先生は、「子供達は、音楽を心の底から祝っているのですよ」と、大目に見てくれた。その後は、綾花が続けて3曲弾いてくれ、最後に、ホットクロスバンズの曲にあわせて、皆で合唱して終わった。

 2年前まで、在籍していた教室で、小さな子供のためにヴァイオリンを弾く綾花の姿を見て、当時の担任であった先生は、とても嬉しそうに綾花の演奏を聴いて下さった。 演奏会の最後に、学校の教材の地図を使って、私の生まれ育った日本の国の場所を子供達に伝え、また、日本語の話を少しだけしてみた。「日本では、どんな言葉を話しているか知っている?」と私が質問したら、「スペイン語でしょう!」と、つかさずかえってきたコメントに、綾花は、バカ受けであった。 まだまだ3歳そこそこの、アメリカで育った子供達だ。 スペイン語であろうが、英語とは、別の言葉が話されている、という意識があるだけでも、上出来では、ないか。 そこで、「この地球上には、沢山の国があって、沢山の言葉もあるんですよ。違う言葉同士の人が、話をする事は、なかなか難しいことだけど、音楽を通して、違う言葉を話す人たちは、気持ちを分かち合える事が出来るんです。 だから、私は、音楽を勉強する事がとても楽しいですよ。」とメッセージを残した。 3歳そこそこの子供達には、この言葉は、理解し得ないかもしれない。 でも、実は、このメッセージは、私と共に、演奏会に参加してくれた綾花に伝えたい事だったんです。 

 それにしても、多少(かなりかな?)音程のずれたヴァイオリン音楽であっても、子供達は、目と耳が釘づけであった。 このクラスの担任の先生は、鈴木式を慕う方で、彼女は、音楽の力(特に、2、3歳児に対して)を、非常に重んじる方で、私のお粗末なヴァイオリン演奏であろうが、いつでも彼女の教室に弾きに来てくれとおっしゃる。 これは、私のような、駆け出しヴァイオリンレッスン生にしてみたら、上等な依頼ではないか? 子供達は、多少音がずれようが、音を飛ばそうが、評価を試みるためでなく、音楽を楽しむために聞いてくれる最高の観客なのだから。

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