英語脳、日本語脳

 ご存知の通り、私の人生のモットーは、”生涯学習” だ。私の場合 ”学習” とは、かなり幅広い意味を指しているので、「え、これもあり?」なんていうものも学習という域に入れ、無理矢理 ”生涯学習” を遂行しているわけです。

 さて、私が遂行している学習のひとつに、英会話なるものがある。 英語圏の国に暮らして、丸10年。 長く暮らしていれば、会話も上達するというものでもない事に、今更ながら気がつきました。 しかし、もうひとつ気がついたのは、英語脳、日本語脳というものの存在です。 私は、アメリカに来る前に1年、スコットランドに暮らした経験があります。森の中にある、上流階級の子供の為の寄宿学校で、8ー13歳までの子供達と寝起きを共にし、生徒たち(皆女子)の部屋の管理から、日本語、日本文化を教える仕事をしていたのですが、この時は、見事24時間、英語漬けの生活。 おまけに、テレビ、コンピューターというものがなく、頼れるメデイアは、ラジオだけ。こんな生活を始めて6ヶ月後、話したいと思う事が、なんの障害もなく英語で口から出てくのでした。これで、私もバイリンガルかあ!なんて、自分自信、非常に誇らしく思ったものです。が、その反面、日本語が全く出てこない状態になりました。たまに母と電話で話す時にも、言葉がつまり過ぎて、話が思う様に進まず、母親をかなりいらだたせたものです。

 スコットランドから日本を経て、アメリカへ渡った際、最初に気がついたのは、英語が出来ると思っていたのに、アメリカの英語は、全くわからない。しかも私の話す英語は、なんだか周りから かなり浮いている!そこで、私の英語のアウトプット回路は、一気に閉ざされてしまったわけです。 と同時に、インターネットの普及で、暇さえあると、日本の方とチャットばかりしていたので、アメリカにきて、私の脳は、すっかり日本語脳に。その後、英語脳の消滅の早さの凄まじかった事。。。。。。しかし、気を取り直して、こちらで大学に通い始めると、またまた英語脳は、復活、と同時に日本語脳が、、、、、、そして、出産。綾花には、日本語を母国語並みに理解してほしいという願いから、私だけでなく、トニーも日本語で生活するという環境に変わってから、私の英語脳は、またまt坂道を転がるがごとく、消滅に向けまっしぐら、なのであります。

 5歳になる綾花を見ていて思うのは、私が、英語、日本語と切り替えるのに苦労している反面、彼女は、どちらも自由自在に使っていること。(最近は、英語がかなり有勢ですが)脳についての研究が進んでいる今の時代、これまでの研究の結果からいえるのは、同じ言葉でありながら、英語を使う脳と、日本語を使う脳は、全く別の所にあって、私の様に、脳の発達がほとんど確立してから英語を学んだ場合、英語脳、日本語脳を同時に働かせる事には、かなり無理がある様です。その反面、生まれた時から、英語脳、日本語脳を瞬時に使い分けて来た、綾花のような人の脳は、これらの脳を同時に使える特徴がある様です。これが確かな事では、ないにしても、私と綾花の違いを見ている限り、そうなのだと言えてしまいます。

 さてさて、このような哀しい事実を目の前に、それでもなんとか、自身の英語脳に磨きをかけたいと、最近始めたのが、英語をひたすら聞き続ける事。これは、英語の環境に生まれた赤ちゃんが、どんな意味なのかも分からず、それでも英語を聞き続け、英語が話せる様になるいう母国語獲得の原理に基づいて、頭の中を白紙にして、英語を聞き続けることを応用したものです。幸い、私には、毎日の犬の散歩というアクテイヴィテイが課されている。この時、I-podにBook On CDを予めセットしておいて、聞きながら歩けば良いのだ。記念すべき最初のBook On CDに選んだのは、「Blue Christmas」という英国作家の作品。話の内容が面白そう、という事以前に、図書館で最初に見つけた作品と言うのが、選んだ理由だ。 今後、私の脳の変化は、どうのようになるのか? 乞うご期待!!!

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