Good Cop, Bad Cop

 綾花のヴァイオリンのレッスンを開始して1ヶ月。 日々の練習は、大分習慣づいて来ましたが、それでも、先週末の様に、いきなり、親戚の子供達がお泊まりにやってくると、練習どころではない。まあ、5歳の子供に、お友達が来ているのに、練習しろ!と言う方が、無理な話のような気もする。それでも、私としては、与えられた課題を、しっかりこなしたいので、なんとか強要して、半べそをかく綾花に、無理矢理練習させるのだ。(なんとも、おにばばな私。)

 我が家では、綾花のしつけに関して、私が、ほぼ悪役になっている。そして、トニーが善人というわけだ。これは、おまわりさんが、犯人の尋問の時に使うテクニックで、一人が徹底的に悪ぶって、「お前が、黒ってことは、分かっているんだ。いい加減白状したらどうだ!」という具合に、まくしたてた後、「あんたの、田舎のお母さんが、言ってたよ。あんたは、本当は、優しい人間なんだって。」などと、優しく迫るというやつだ。 
 我が家では、決して、綾花を尋問しているわけではないけど、夫婦間で、それぞれの役割を持って、綾花に、程よい緊張感とその逃げ場をつくる様にしている。私の悪人役は、はじめから決まっていたわけでは、ないけど、ここ5年の間に、何となくそうなってしまった。なので、先日、改めて、トニーと確認し合って、これからも、私が悪人、トニーが善人でいこう!と、なりました。

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ポケットのないカンガルー

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 お腹にポケットのついていないカンガルー、ケイテイは、「自分の子供を遠くに連れて行ってあげられない」と、涙をながして悲しむ所からお話が始まります。 ポケットのない事を克服する為に、創意工夫を重ねて、最後には、立派なポケットを手にするお話。

 キュリオス、ジョージのイラストでおなじみのH.A.Reyさんのイラストという事もあってか、家に遊びに来た子供達は、キュリオス、ジョージと間違えて「これ読んで、これ読んで」の大合唱。で、日本語で書かれているものの、適当に英語に変えて読み始めると、みな、カンガルーのお母さんが泣く所では、一緒に悲しくなったり、ポケットを手にした所では、喜びが顔中に広がったり。 

 子供達にも大受けのお話ですが、人と同じでない事を嘆きつつも、創意工夫によって、弱点を克服する姿は、私たち親が子供達に見せるべき姿なのでは、ないかな?と、このお話を読みながら感じました。

ネズミの行進

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 折り紙は、我が家では、結構人気のあるアクテイビテイーです。以前は、カタログの紙を正方形にして、折り紙の変わりに使っていましたが、春に日本に行ったときに、100円ショップで大量に購入して来たので、最近では、心置きなく使っています。
 昨年は、綾花の学校にも何度か、折り紙を紹介しにいきましたが、4、5歳の子供に、角と角をきれいにあわせて、折り紙を折る事をを教えるの大変さに、改めて気がつきました。思えば、綾花も、角と角をあわせる様になるまで、カタログの紙を何枚も無駄にしたなあ。(成長には、この無駄こそ、大切なんですが) 綾花のクラスの子供達を見ていて思ったのですが、やはり手先の器用な子供は、折り紙をきれいに折れるってこと。こういう子供達は、始めての挑戦にも関わらず、角と角を上手にあわせられるし、私の説明に従って、きれいに折線も付けられる。で、たいてい、こういう子たちは、割と早いうちから、字を書いたりもしている。よく、幼児教育書で見かける、「手先を器用にするといい」というのは、こういうことなのか、と実感。
 ところで、今日は、綾花が適当に折っていて出来上がったネズミの紹介です。余りにも簡単でありながら、形になっているので、2人して大量に折ってしまいました。大小さまざまなネズミが、ダイニングのテーブルいっぱいに群がってしまいました。

Showing Off

 外国に長い事暮らしていると、その国の言葉を、いったん母国語に変えなくても、感覚で理解できるというものがかなり多くなってくる。時のは、文化、習慣の違いから、直訳出来得ないものもある。 

 さてさて、本日の Showing Off も、私的には、感覚的に受け入れてしまって、日本語での訳というものを考えた事がない。 この言葉は、ここ1年、我が家でよく使っている言葉だ。使われる場面としては、綾花の行きつけの公園が、ほぼ85%を占める。 綾花には、徒歩、または、自転車で行ける公園が2カ所あり、この夏は、毎晩夕食後に、家族で出かけている。昨年のクリスマスに、サンタさんから頂いた、自転車に乗るのがお気に入りの綾花は、ちょっと遠くの、小学校の校庭にある ’スクールパーク’(綾花命名)にいくのが、最近のお気に入りだ。ここには、綾花と同い年の、Mちゃんという子供が常に遊んでいる。彼女は、5歳の割に、体も大きく、運動神経は、抜群。公園の向かいに住んでいるだけあって、ここの公園の遊具のほとんどは、こなせるのだ。
 さて、この公園での、綾花の儀式と言えば、まずは、ロッククライミング。そして、鉄棒。最後がモンキーバー。昨年まで夢中になっていたジャングルジムや滑り台などは、子供のするものだと言って、ほとんど遊ばない。ところが、ここのモンキーバー(はしごを横にしたようなもので、ぶら下がりながら、前に進んでいくもの)、高い位置についているのと、カーブになっている事もあり、綾花にとっては、難関中の難関。トニーに体を支えてもらって出来るのがやっと。そんなおり、Mちゃんが、わざと横入りして来て、さささっと、こなしてしまう。まさに、Mちゃん Showing Off するのである。(見せびらかす?って感じかな) 当初は、このMちゃんの Showing Off に非常に腹を立てる綾花であったけど、Mちゃんのヤジをバネに粘っている綾花の姿を見てか、Mちゃんも、綾花にアドバイスをしてくれる様になった。「上を見なきゃダメよ!下を見てたら、怖くなるでしょう。」 腹を立てながらも、Mちゃんのアドバイスをそれとなく導入する綾花。 それでもまだ出来ないので、「Mちゃんのアドバイスは、当てにならない!」などと言い返したりもしている。

 さて、さて、子供の世界では、Showing Off というのは、常にまとわりついているものだ。最近では、綾花の自転車に対抗して、Mちゃんも、公園から、道を挟んだ向こうの家に住んでいるにも関わらず、立派な自転車でやってくる。2人して、学校の校庭内でレースを始めるのだが、このレースに加わりたいと、他の子供達が、親に、「私の自転車持って来て!」という声がちらほら聞こえてくる。そうなると、綾花とMちゃんは、2人して、ほかの子供への、自転車の Showing Off が始まるのだ。 「私たちは、自転車持っているから、レースが出来るのよ〜」とか。 モンキーバーでは、憎きライバルだったMちゃんがいつの間にか、仲間になっているではないか!

 もうひとつ、Showing Off と言えば、我が家のブレイデイも、これまた Showing Offする犬だ。ご存知の通り、私は、昨年10月にブレイデイを引き取ってから、毎朝、毎晩、40分の散歩をこなしている。この9ヶ月の苦労あってか、ブレイデイは、大抵、綱を引く事もなく、私の横を歩いている。当初は、他の犬をみたり、犬に吠えられると、興奮して吠え返す癖があったものの、これも大分減って来た。それでも、相手によっては、興奮が押さえきれない事もあり、これは、まだ完璧とは、言いがたい。 
 ところで、ブレイデイの Showing Off は、お行儀の悪い犬に対して行われる。散歩の途中に出くわした、わんわん、きゃんきゃん捲し立ててくる犬に対しては、見ぬ振りをして、気取りながら通り過ぎるのだ。すると、その犬のオーナーが、「おお、よくしつけられている犬だ!」と感心する。先日は、「あの犬は、ショードッグじゃないかしら?」などと言われ、ブレイデイは、ますますいい気になったそぶりだった。 しかし、相手が、自分よりお利口さんそうな犬だと、逆に興奮して、「おいおい、何気取ってんだよ」みたいな感じで、捲し立てるのである。ブレイデイは、相手が自分より行儀が悪いと見極めると、Showing Off する犬なのだ。これって、’見栄っ張り’と訳してもいいかもしれない。
 

お弁当

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 これまで、何度も3日坊主で終わった、お弁当作りですが、今回は、4月末以来、週3、4日のペースで作っているので、今日は、堂々と告白させて頂きます。「お弁当、作ってまーす!」
実は、このお弁当作りは、経済的事情がかなり関わっているので、長続きしている訳であります。やはり、家計を握る主婦となれば、出来るものですね。(しかし、主婦になって、10年目ですが。とホホー) トニーの昼食代は、これまで1ヶ月$250かかっておりました。しかも、毎回レストランで食べるので、ボリュームも満点。お金もかかって、健康にも良くない。これでいいのか!と襟を正して、お弁当作りを開始した次第です。

ところで、トニーのお弁当箱というものが無い我が家では、綾花用のお弁当箱を代用しているのですが、これがいい!中に入れるものが少なくて済むので、おかずの事を余り心配しなくても良い!さらに、量が控えめで、トニー痩せましたよ。そして、かわいいお弁当箱と、奇妙な中身で、職場に笑いをもたらしているとか。とくに、ドラえもんのお箸は、皆の笑いのネタによく使われるそうです。最近では、男の子っぽい、お弁当箱入れを作ってあげましたが、以前は、クリスマスデザインの紙袋がダメになるまで(かれこれ2ヶ月)使ってもらっていたので、会社で会う人、会う人に、「トニー、クリスマスは、もう終わったよ!」とか、「メリークリスマス、トニー」とか、声をかけられるのは、日常的な事だったらしい。まあ、トニーも、退屈な日常に笑いを呼んで、楽しんでいる様子でした。

これからも、家族の健康と、職場への話題と、経済の為、日々、お弁当作りに取り組みたいと思っておりまーす。

読書習慣

 この夏、知り合いの熱い紹介により、綾花を Reading Camp なるものへ送り込んでいる。といっても、週1日、5週間のプログラムなので、まあたいしたことは、ないだろうと、思っていた。ちなみに、そのCampの規定は、受講者以外の子供の立ち入り禁止、親は、必ず同伴。4、5歳児のクラスは、1時間半。その上の子供たちは、2時間という、ちょっとどんなものかと、、、という好奇心程度の参加にしては、厳しすぎるような。しかし、先週、今週と参加してみて分かりました。はっきり言って、4、5歳児用のクラスは、親を教育するプログラムでした。いかに、子供に読書の習慣をつけさせるかは、親次第という事です。ちなみに、このクラス、1度参加して、先生に簡単なテストを行ってもらい、綾花は、正式に、ひとつ上のクラスへの参加が許可されました。
 
 さて、2週目の昨日は、小学校1年に上がる前に仕上げておきたい読書習慣、というような内容で、授業は、2時間に及ぶものでした。このクラスは、4、5歳のものと比べ、教室で、ペーパーワークを仕上げたり、個人個人が、与えられた本を読んだりと、子供が作業を行う事が中心の内容でした。ペーパーの内容は、普段学校でやっているものや、毎日習慣にしている、私が適当に作った問題の内容と似ていたので、綾花は、すらすら解いて、余った時間で、参加できなかった先週の課題図書を読んでいました。自分の子供の事をこんな風に書くと、親バカだなんて笑われそうですが、教室での綾花の姿を見ていると、その集中力から出る気迫に圧倒されるばかりです。(実際、他の親御さんにも、そういわれました。)

読書力をつけさせる為には、実力より若干高いレベルの本を読む事が大切、ということもあり、私的には、今回のクラスも若干綾花には、簡単な気もしましたので、先生に相談してみました。先生も、本人が退屈がっているなら、上に進んでもいいけれど、今のクラスでさえ、年齢が一番若い上、背丈も、どの子供より頭ひとつ分くらい小さい綾花には、精神的負担が大きすぎるのでは?と言われ、納得。先生は、毎週宿題になる、課題図書を、ひとつ上のレベルから選んで読む事を推奨されました。(結局は、親の仕事なのだ、、、、)

さて、このCampでは、2時間のクラスのうち、最後の20分を、先生から親へのメッセージ、親の情報交換として、時間を割いてくれているのだが、この時間になると、皆、ここぞとばかり沢山の質問を、先生に浴びせる。アメリカらしいのが、先生でなくても、他の親が勝手に答えてしまったりして、予測不能な展開ぶりが面白い。そんな中、とある親御さんが、私を指名して、綾花がどこの学校に行っているのか、聞いて来た。一般的な考えかもしれないけど、ほかの子供より若干出来る子供は、学校で仕込まれている、という考えが浸透している事に、がっかりした。 これを言ったら、波風が立つものと考慮して、あえて言わなかったけど、私としては、子供の学習は、80%は、家庭でするべきものと考えている。

さてさて、このCampでは、毎週宿題として、課題図書のリストから、本を2冊選んで読んでくることになっている。これを、「やらなければいけない」という風に押し付けると、綾花は、異様に嫌うので、毎晩のストーリータイムの本に織り交ぜて、最初は、私やトニーが読んであげることにしている。が、やはり、Campでの先生の話を承知しているため、「この本は、綾花が読まなきゃいけない本だよ」と自ら、読み始める。 こんな効果もあるので、このReading Campは、参加の価値あり、ということにしておこう。

Soapboxを使う英語の表現

 昨日の Soapbox Derby に ちなんで、今日は、Soapbox という言葉を使った英語表現を紹介します。(トニーが教えてくれました。)
  
 まず、復習ですが、Soapboxとは、昔、商品としての、大量の石けんを運ぶ時に使われた、木箱でしたねえ。この木箱、子供が一人、すっぽり入るサイズだった事から、Soapboxカーなるものが作られ、スピードを競う様になった事から、Soapbox Derbyが、始まったわけですが、Soapbox は、他にも、こんな使われ方がありました。村の集会などで、意見を述べる人が、大衆の注目を得るため、Soapbox に上がって演説したりだとか。 で、この習慣は、今では、木製のSoapbox の消滅やら、マイクなど便利商品のため、なくなってしまったのでしょうが、こんな英語表現の中に残されています。 まず、何か主張したい意見を述べる前に、
Let me get on the soapbox.(ちょっと、私に、木箱の上に上らせてくれ!)と、いう前置きに、こんな表現を聞く事が多いとか。 また、自分の述べたかった意見を言い終わったら、
Now I am getting off the soapbox. (それでは、木箱から降りましょう!)といって、意見の主張をおしまいにする。

こんな風に、会話が運べたら、なかなか知的な感じですね。
でも、私の知る限りでは、このような紳士的に、意見を述べる人は、余り見かけない。特に、テレビの討論なんかでは、人の話を最後まで聞ここともなく、「それは、ちがーう!」などと言っては、自分の意見をどんどん言い出す人間が充満している。で、放送時間内に、出来るだけ、意見を言ったもの勝ちのような。品のかけらも無い、余裕の無い人間の多い事。
Let me get on the soapbox. などという表現も、なんだか、消滅されつつある今日この頃なのかもしれない。

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