天罰下る

 正直言って、私は、学生時代勉強は、出来る方ではありませんでした。特に、国語、日本史は、非常に苦手で特に嫌いな教科でもありました。それが、皮肉にも、アメリカで生まれ育つ娘への、日本語教育を考えなければいけない運命にあります。 綾花が幼い頃は、日本の絵本を読んであげ、日常会話を日本語で話していればいいか、程度に思っていた、日本語教育ですが、それだけでは、間に合わないという事に、最近気がつき、ちょっと焦っています。
 私のような立場にいる親御さんにとっては、この種の問題は、結構悩みの種ではないでしょうか? アメリカで育つ子供に、日本語を教えて、どれだけの意味があるのだろうか?という考えもあり、その裏に、せめて、日本の身内のとコミュニケーションは、とれるようにいて欲しいという理想。しかし、そのために、どれだけの努力を必要とするのか、と考えると、かなり頭の痛くなる問題です。 私としては、時期、時期で考え方は、変わるのですが、基本的に、私の母親家系は、ボケる(痴ほうというのでしょうか?)確率の高い家系のため、将来、私がそうなって、日本語しか話せなくなったら、周りにさぞかし迷惑がかかるだろうから、まあ、娘には、日本語を分かっていて欲しいな、と思っております。そういう意味では、やはり日本語教育は、諦めてはいけない!わけですね。=(イコール)私が師となり、綾花を導かなければいけないわけです。先生という立場になるには、教える事をまずは、把握しなくては、いけませんねえ。これが出来てないのが、私の現状です。もう、これは、学生時代、私が勉学をさぼり続けた天罰ですね。この歳にして、国語、日本史を勉強し直しです。私に限っては、師でなく、友として、一緒に学んで行く必要があるわけですね。