パスポート更新

 今回、日本にいる間に、やらなければいけないことのひとつが、パスポート更新。綾花のも、私のも、あと1年で更新期を迎える。 アメリカで更新する場合には、車で4時間もかかる、デトロイトまで行かなければ行けないので、日本にいる間に済ましてしまうほうがいいのだ。
 
 というわけで、まずは、パスポート更新申込用紙をもらいに、近所の役場(っていうのかな)に出かけた。そしてら、なんと、中学時代の友人が窓口で受付をしていて、びっくり。その子とは、中学卒業以来振りなのに、お互いすぐに気がつきました。彼女に、戸籍やら住民票やら、更新に必要なものを教えてもらい、書類の所得をお願いしたら、「あれ~住民票でないよ~」。そうでした、「今、アメリカに住んでいるから、ないんだ。」と言ったら、またまた彼女ビックり。

 そう、海外居住で一時帰国中にパスポートを申請する場合、提出書類が、一般の方とは、違うんです。私の場合は、永住権を、綾花は、アメリカのパスポートを、住民票代わりに提出し、パスポート上の名前も、日本語、英語連名を使うので、その依頼書みたいなものも書かされます。

 写真は、パスポートセンターの近所の写真屋さんで、パスポート用の写真をお願いすれば、規格どおりに写せますが、綾花の写真が、3度写しなおしてもなお、ぼけた状態で、なかなか上手く写せませんでした。写真屋さんは、綾花の肌が白いので、光が反射してしまうせいだといっていましたが、それって露出を変えれば、大丈夫なのでは?でも、写真屋さんは、カメラの設定を勝手に変えられないというので、仕方なく、ぼけた写真で申請してきました。(写真屋さん、雇われ店長なんだな、きっと)

 まあ、そんなわけで、パスポートセンターの職員さん方に、いろいろご迷惑をかけながらも、何とか申請できました。しかし、パスポートのお値段って、高い!2人で、2万1千円也。大きな出費でございます。

地震だ、地震だ

 アメリカに住んで9年半、地震と無縁の生活を送ってきた私です。(でも、最近オハイオでも地震があったんですが、気がつかれた方、いらっしゃいます?) 人一倍、地震に恐怖を感じる私としては、アメリカに移ってよかったことのかなり上位に、地震と無縁な生活は、浮上しております。
 そんな私なので、夕べの地震には、かなりビビッてしまったんです。震度1程度のものでしたが、ベッドから飛び起きて、母の元へ走りよって、「地震地震」って大騒ぎ。しかし、明日に大正琴の発表会を控えた母は、「地震どころじゃないわよ。これ全然弾けないんだから」と、地震そっちのけで、琴を引き続けていた。(お母さん、さすが強いなあ)と関心。と、書いている今も、地震だよ、地震!こわー。私の脇でテレビを見ている綾花は、この揺れに全く気づかない。もう、怖くないの? 私には、日本の生活は、ちょっと無理です。だって地震怖いもーん。 ちなみに、今の地震、震源地は、能登半島沖で、震度6で、ここ甲府は、震度2だって。震度2で、こんなにビビッている私には、やっぱり日本には、住めないな。

日本体験

 日本に来て、6日目。 まだまだ時差ぼけが続いて、超早寝、早起きの生活実践中ということで、綾花は、まだ学校に行っていません。 学校といっても、近所の大学付属幼稚園が実施している、子育て支援保育という、幼稚園終了後、午後3時から6時まで預かってもらえるものです。 ここの施設は、なかなかユニークな内容のことをしていて、とても興味深いです。大学付属ということで、曜日別で、クラッシック音楽、大学教授、アメリカ人、中国人などの先生が入れ替わりで来て、子供たちに、専門のことをお話してくれるようです。
  
 今日は、参加しないまでも、この学校に挨拶に行ってきました。そして、春休み期間中の、特別支援保育の申し込み用紙をいただいてきました。 この時期は、幼稚園も春休みに入るので、来週からは、1日預かり保育があるのですが、予め、いつ参加するか伝えておく必要があるとの事。 通常の子育て支援保育は、午後3時からなので、この1日預かり保育は、私には、とても都合の良いものです。 綾花にとっても、よい経験となってくれるといいのですが。

 さて、今日、学校に挨拶に行った際、そこの幼稚園の子供たちが、園庭で遊んでいる姿をみて、「あれなに?あれなに?」って興味津々。 綾花の興味をそそったのは、マスクをしている子供だった。 「あれは、マスクといって、風邪を引いた子供がつけるもの」と説明をすると、早速、わざとらしい「ごほごほ」が始まった。 「綾花も風邪を引いたみたいだから、マスク買って」。 ということで、早速100円ショップに出かけ、マスクを買いました。そして、今日一日、マスクをして過ごしました。 ちゃんちゃん。

親戚一同大集合

 日本に着いて3日目。今日は、彼岸の入りということで、多くの親戚が、本家である我が家にやってくることになっています。その為、母は、夕べから、皆さんに出すための昼食の仕込みで大忙し。でも、私と綾花は、時差ぼけ起きていられず、忙しそうな母を横目に、午後5時には、お布団へ。しかし、朝は、4時から始まる私たち。何か手伝えることは?と張り切ったものの、そんな時間に起きている人は、私と綾花と、近所のちょっと変わったお兄さんのみ。(彼は、毎朝5時半に、家の近くで、お経を唱えるのが習慣となっております。)

 で、結局、朝は、家の掃除をさせられたり、洗濯をさせられたりしているうちに、次々にやってくる親戚を迎え入れることに。車でこられた、おじさんに、駐車先の誘導などしたものの、なんだか、他人行儀な態度に出られる。なぜ?3組の親戚を迎え入れたの後、家に入って、改めて挨拶すると、なんと!皆、私だとわからなかったので、いったいどこの誰が、ここにいるんだい?という風に思っていたそうだ。 でも、なぜ? それは。。。。。ふふふ。私が痩せたから、皆分からなかったのだと! 嬉しいことを言ってくれるでは、ありませんか! 自分自身では、体が締まった感じは、あったものの、人から見ても、そんなに分かるほどのことでもないと思っていたけど、なんだか、本当に痩せたみたいだ。それもそのはず。1日2~3回、40分ほどの犬の散歩に出かける生活を、過去4ヶ月続けてきたんですもの!今こそ、その努力が、報われるときがきたのだ。 しかーし、日本という国は、大変な飽食の国で、今日の親族のお土産物をカロリーに換算したら、いったいどのくらいになるのか、考えただけでも恐ろしい。そして、ここには、ハイパーなブレイデイは、いてくれない。 我が実家の犬は、13歳の風船のように丸く膨らんだ、老犬。しかも、頑固者で、私のペースでは、絶対歩いてくれないし、遠くにも行きたがらない。これは、まずい! 旅の最後は、グアム旅行で締めくくることになっているし。ここは、気合を入れて、一人で歩くか! ああ、ブレイデイ、あなたの存在は、いかに大きいものか、今になって気がつきました。

 って、話の内容が、タイトルと全然違う方向に。これも、時差ぼけで、頭が回っていないせいだ、ということにして、本日は、これにて終了!

日本で英語体験

 日本に到着した翌日、ネットで予約していた本を借りるため、地域の図書館に出かけました。 今回は、綾花の絵本をここで下見して、いい内容だったらかって帰ろうという作戦を立てたので、出来るだけ多くの本に目を通したかったんです。 日ごろは、アマゾンのサイトでタイトルしか見られない本を手にとって見られる。しあわせ~。

 さて、児童書のコーナーで、時間をつぶしていると、なにやら子供たちの団体さんが、読み聞かせの部屋へぞろぞろ。そして、参加自由ですよ、と呼びかけられた。綾花は、同年代の子供たちに興味深々で、参加することに。なんと、それは、英語を学ぶプリスクールの団体で、1ヶ月に1度の図書館訪問の日のイベントだった。そこでの読み聞かせは、もちろん英語。先生の質問に、息をつくまもなく綾花は、答えていたので、そこの生徒さんには、注目の的。 「英語、お上手ですね」と周りのお母様方からは、ほめられましたが、当たり前っす。ははは。お話会の後、先生がやってきて、学校へ参加を招待されました。が、「アメリカから、日本語を学びに着たので」と事情を話してお断りした。それにしても、いきなりこんな状況に遭遇するとは、夢にも思っていなかった出来事でした。

日本への遠い道のり

 またまた、ノースには、やられました。いきなり、デトロイトまでのフライトのキャンセルで、4時間待ちです。それに伴い、後に続くフライトも、一便遅れ。新しい便では、予約していた、横2席のみの座席は、取れるすべもなく、2席隣で取れるのは、4席中の中2席の場所だった。12時間のフライトを、この座席で、どうやって乗り切ったものか?考えるれば考えるほど不安になるので、先のことは、何も考えないことに。
 
 しかし、天は、私たち母娘を、最後まで見放すことは、ありませんでした。 綾花の隣の男性は、とても優しいおじさんで、とても助けられました。そのおじさんは、1985年にフィリピンからアメリカに渡り、即、市民権を獲得後、警察官になったと、即自己紹介してくれたので、なんだか安心しました。そして、アメリカ女性との間に、子供が3人、20歳の女の子、19歳の男の子、1歳の女の子がいるということで、子供の面倒見もかなりよくって、フライト中、スチュワーデスさんは、彼と綾花が親子なのかと思っていたようです。それにしても、綾花がすっかり眠ってしまったときには、綾花の足を、おじさんのひざの上に乗せてくれたり、綾花がおきている間は、綾花の話し相手になってくれたり、本当に助けられました。
こうして、12時間ちょっとのフライトは、何とか乗り切りました。

 さて、このフライトの後は、実家のある甲府までのバスの旅。当初のフライトであれば、バスの乗り継ぎは、到着1時間後ということで、かなりスムースに行くはずだった。しかし、振り返られたフライトの到着時間後に乗れるバスは、またまた2時間半も待たなければいけない。綾花と2人なら、即、近辺ホテルにチェックインというところだが、今日は、叔母が迎えに来てくれているので、そういうわけにもいかず、またまた、成田で時間つぶし。その間、おすし屋さんに入って、おすしをいただくも、余りの疲れに、綾花は、超不機嫌、私も油断すると、即、船漕ぎが始まる。 いやあ、長い旅でした。オハイオの家を出て、実家に着くまでに、28時間です。綾花、今回は、ストローラーなしで、よくがんばってくれました。

 予断ですが、綾花を連れて、今回で6度目の日本訪問。最初の2回は、カーシートを飛行機内に持ち込んでの旅でしたが、今では、ストローラーもなく、一人で荷物を持って歩いてくれます。こんなところで、綾花の成長を感じてしまいます。いつの日か、一人で日本に来る日が来るのかな?(まだまだ先の話だって)

一瞬の春

 本日の最高気温、なんと22度! もう春です。と思いきや、明日には。サンダーストームそして、また寒くなるようです。でもでもでも、明日には、この国を離れるので、それも余り関係なし! しかし、日本も、なんだか寒いみたい。 ちっ。 結局、どこにいっても、春は、まだもうちょっと先なんだなあ。

カウントダウン

 日本行きを明後日に控えた本日、綾花の学校の先生に、学校の欠席の件と、綾花の旅行中に行なわれる写真撮影の日時変更についての確認をとった。先生は、勿論知っているという事で、一安心だったが、意外な話題が。 実は、3月に入ってから、綾花のクラスでは、綾花が日本に行く日をカウントダウンしていたのだとか。そんな事、綾花は、一言も言っていなかったので、全く知らなかったけど、綾花本人は、日本行きを相当楽しみにしているようで、先生やお友達に毎日、「もうすぐ日本に行くんだ」と言っていたそうです。
 楽しみと言えば、日本に行って一番最初にしたい事。それは、お風呂にゆっくりつかる事。これは、私の意見でありますが、綾花は、ドラえもんボーリングゲームで遊ぶ事だって。おばあちゃんの家にある、ゲームなんですが、これが彼女は、大のお気に入り。アー楽しみ。でもでも、その前に、荷造りしなくちゃ。なんでも、日本は、気温が急に下がったとかで、マイルドな冬支度をした方がいいらしい。季節の変わり目って、案外、色んな服が必要なので、案外荷物が増えるんだなあ。(おまけに、グアム用の夏支度もあるし)今回も、身軽に旅行って言うのは、夢となってしまいそうだ。

ある友人のために

 本日、親しくしている友人のお父様が亡くなられたそうです。 アメリカ国外に暮らす、友人のお父様の最後を、看取る事は出来なかった彼ですが、1週間前に、故郷へ戻って会って来たと言う事で、少しは、辛さも軽減する事を願っています。 そして、私も数度、アメリカに遊びに来られている時にお会いした、愉快なお父様、どうぞ安らかにお眠り下さい。

日本舞踊

 この私が、一生のうちで、日本舞踊に関わることは、まずあり得ないと、私自身信じていたのですが(というか、考えた事もなかった)、どんな運命なのか、綾花の学校で、日本舞踊風の振り付けを、子供達に教えることになってしまった。 これは、綾花の担任の先生の気まぐれな?アイデイアから始まったもの。 春の学園コンサート(然程大掛かりな物ではない)で、綾花のクラスは、スプリングタイム イン ジャパンという 尺八やら琴の演奏をバックにした歌を歌うことに決め、私に、その曲にあう踊りを考えてくれと言い出したのだ。 そして、ひとまず引き受けた物の、どうしようか迷っていた矢先、日本人の方で、日舞の先生の資格を持っていらっしゃる方が、そう遠くはない所に住んでいると言う事を知り、早速連絡を取った次第だ。昨年、6月に越されてきたばかりのMさんは、「機会があったら是非、日舞を紹介したい」と快く引き受けて下さった。 私にとっては、思いも見なかった強い見方が現れ、心強い限りだ。
 
 本日、Mさんを学校に招き、子供達の前で、考えて頂いた振り付けを踊って頂いた。先生は、期待以上の素晴らしい振り付けに、大変感激していた。私も、綾花のクラスの子供たちが、しっかり踊りを身につけて踊ってくれたら、相当の見栄えがするだろうな、とかなり感激した。そのあと、学校中の生徒を集め、日舞の中で使われる扇子のまわし方や使い方を披露して頂いた。これは、子供達以上に、先生たちが相当見入っていた。雪を降らせる振り、扇子で見立てたドアの陰に隠れたかと思ったら、ドアを引いて、顔をのぞかせたり。他には、手品のような事までしてくれて、子供達も目を見開いて見入っていた。学校側では、学園のコンサートに、是非、踊って欲しいとお願いまでしていた。私も、是非、見せて頂きたいと、心から思った次第だ。
 さて、今日、少しだけMさんとお話しする時間が持てたのですが、私の人生を、雑草が種を飛ばして、たまたま落ちた所に、根を生やしては、数年後種を飛ばして、、、、っていう感じなら、Mさんの人生というのは、大きな木が、どっしり一カ所に根をはらして、じっくり成長しているというもので、本当に対照的な私たちだと、お互い笑い合ってしまった。私は、Mさんの様な生き方を真似る事は、到底出来ない人間なので、非常に感心するばかりだ。そんなMさんが、ご主人の転勤を機にアメリカへ来られ、Mさんも、これまでに知り得なかった世界を見る機会だ、とおっしゃっていたのが、とても印象的だ。そして、これまで日舞一筋できたMさんだけど、それを、どのように説明するのか、など考えた事もなかったので、アメリカに来てこのような機会に遭遇出来たのは、違う角度から日舞を考える機会になったと、おっしゃっていた。どんな状況でも、日舞を中心にMさんの人生は、動いているのだ。それは、私の人生に欠けているもの。なんだか、とても羨ましい。

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