Selfesteem

 ここアメリカでは、教育に関する本など読むと、Selfesteemという言葉を見かける事が、非常に多い。これは、アメリカの教育者の間で、何年か前に、子供達に「自分自身の長所をみいだし、それを尊ぶ」という考えを教えようというところから、盛んに使われる様になったようだ。 ところが、このSelfesteemは、「大きな勘違いをした子供達を認める」という風に乱用された結果、筋の通らない、わがままな意見を、平気で押し通す人間が増えてしまった、という意見が出ている。
 
 Selfesteemの乱用について例を挙げてみると、例えば、数学のテストで、試験は、さっぱり出来ないのに、「彼には、物事をユニークに考える魅力がある」とか言う理由で、良い成績をあげたりと、先生たちが、Selfesteemを認める事を意識するあまり、本来の成績を与える基準を見失ってしまったというようなことだ。こう言われれば、子供は、なるほど、と思うだろう。この勘違いを大きく表しているのが、ある学者が出した統計だ。韓国、アメリカ、中国、(その他数カ国)の同年代の学生に、「あなたは、数学は得意ですか?」という質問をした結果、アメリカの学生の70%近くが「得意である」と答えたのに対し、得意だと答えた韓国の学生は、10%にも満たなかったそうだ。そして、これらの学生に、全く同じ数学のテストをさせた結果、韓国の学生の平均点が、80点以上だったのに対し、アメリカの学生の平均点は、40点程度だったという事だ。これは、アメリカの学生の、自信ばかりあって、身がない事が、実に見事に表れた統計だ。

 こんな事もあって、私は、そもそもSelfesteemという言葉を使う教育機関は、余り信じないことにしていた。しかし、先日インターネットで読んだ、Selfesteemの記事には、非常に良い印象を覚えた。それは、オーストラリアの教育機関が書いものだった。オーストラリアと言えば、コアラとオペラハウスしか思い浮かばない、何とも無知な私が情けないのですが、実は、この国も、かなりの移民大国のようで、Selfesteemに関する記事の内容は、この自国の文化からはなれて育つ、移民者の子供達のアイデンテイテイーをいかに育むか、そして、それがいかに大切かという内容だった。 この記事は、参考になるのと同時に、私自身の子育てについて、意見を投げかけるものでもありました。特に、綾花の日本語使いの危機に直面している今、彼女に育んでほしいアイデンテイテイーとは、なんだろう?と。だけど、これって、考えてもどうにもなる事でもない、という事も、頭のすみにあって、結局、まあ、なる様になるんだろう、ということで、終わらせています。

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