母国語教育の重要性

 なんだか、思い切り堅苦しいタイトルです。でも、グローバル化された今の時代、子育てする親の立場としては、念頭に置かなければいけない事だと思うので、私自身、再確認する意味でも、あえて私の意見を書きたいと思います。

 ご存知の通り、我が娘、綾花は、アメリカにて、日本語を母国語とする母と英語を母国語とする父の間に生まれたことと、幼児期のほとんどを、母親の母国語である日本語で育てられた事により、今の段階では、バイリンガルと呼べる状態である。しかし、学校に通う以前に、意思疎通の手段として、日本語を使っていた状態から、学校に通い始めて1年経った現在では、ほとんど英語で話す様になってしまった。(この「しまった」という言い方についての、私自身の心理的背景を後ほど書きます。)

 綾花が私の日本語の問いかけに対し、英語で答えを返すのには、私としては、非常に辛いものだ。第一、その流暢な言い回しが、理解出来ない事もしばしばあるのだから。そこで、「日本語で言ってみて」というと、一つ一つ言葉を選びながら、英語で話す時の何十分の一のスピードで話す。これは、話すというより、言葉のテストでもしているかのようだ。そんな状態なので、綾花も、日本語で話す事に、かなりいらついたりしている。あげくの果てには、「お母さんが、英語の勉強をもっとすべきだ」と訴える。確かに、この国で使われている英語を、私が理解しなければいけないのは、ごもっともな意見である。しかし、かたくなに日本語にこだわるのにも訳がある。 

 それは、私と同じような境遇で、アメリカで子供を育てた日本人母親の手記からの記事を読んだ事がきっかけだった。今、30代で自立されたお嬢さんを、アメリカで育てる際、日本語を使っていてよかったと思えるのは、「10代の思春期の時、日本語という手段がなければ、娘さんの反抗期を乗り切れなかったと」と言うものだ。母にとっても娘にとっても修羅場と思えるような時期、お互いに、芯の通った意思の疎通が、何よりも状態を緩和してくれたこと、そして、母親は、母国語で話さなければ、子供は、真に受け止めてくれないということ。実際に子供の思春期を乗り越えてきた、この方の言葉は、十分過ぎるくらい納得のいく話だ。

 しかし、アメリカで生活して、普段から英語で友達や先生との会話を行なっている子供にとって、日本語を話す事に意味を見いだせないのも、十分理解出来る。言葉は、文化と密接に関わっている様に、お正月を祝わない国で、「お正月には、たこあげて、駒をまわしてあそびましょう」と歌った所で、綾花にとっては、何の意味もないのだ。

 さて、先に書いた、「英語を話す様になってしまった」の「しまった」について、ここでちょっと私自身の心理分析を皆様に伝えましょう。というか、もう説明しましたね。用は、綾花には、いつまでも日本語で話していて欲しかった、という私の一方的な押しつけが込められているのです。で、このような気持で綾花に接すると、彼女も異様に、日本語に拒否反応を示す、という発見をしました。生まれて5日目から、毎日、日本語の本を読んで聞かせてきたのは、いったい何のためだったんだろう。。。。などと、かなり落ち込みましたが、これも、私の押しつけでしかない、という訳ですね。 そこで、ある時を機に、考えを変えてみました。それは、「綾花の母国語は、英語」と認めてあげる事です。その上で、日本語は、必須第二外国語とすると。こう考える事に寄って、私自身の中にも、今までもやもやしていた部分は、(例えば、「お正月を理解して欲しい」といいう事など)きっぱり諦めがつき、私との意思疎通を目的とした日本語を教えるという事で納得出来る様になりました。特に、綾花は、最初の2年間、ほとんど家の中で英語の会話をしなかったのに、英語の読解力、読み書きの出来については、学校側から指摘される程なのだから、彼女の得意な英語を認めてあげるのが、親というものだろう、と自分自身を納得させた訳です。

 ところで、ほとんど英語の教育を受けなかった綾花が、英語が得意な訳について、私なりに考えいるのは、幼児期の絵本の読み聞かせ、言葉掛けの成果では、ないかなと感じています。それは、90%日本語で行なっていたものだけど、私が私の母国語で話す事によって、感情の込められた言葉は、綾花の心に自然としみ込んで行ったのでは、ないかと。日本語、英語という次元の問題でなく、「言葉を使うことの楽しさ」というものを、まだ右も左も分からない赤ちゃんに教える最大の手段だったように思うのですが。これって、かなり理想が入っているかな? でも、胸を張って主張したいのは、日本で、英語を子供に学ばせたいという願いを持っているお母様方から、よく相談を受けますが、まずは、母国語の取得では、ないでしょうか? そして第2に、ご両親が、英語をどんな目的で学ばせたいのか、確固とした目的を持っていなければ、それは、どんなに頑張っても身に付かないように思えます。子供は、案外冷静で、意味のない事には、興味を持ちませんからね。(って、最後は、偉そうな事書いてしまいました。済みません)

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