バケーションを夢見て

 このところ、冷凍庫状態の日々ですが、長期天気予報で、10日後までの気温を見ていても、ずっと氷点下続き。昨年の暖冬に、すっかり甘えてしまった私には、この事実は、なかなか受け入れがたいものがあります。そんなとき、つい考えてしまうのが、約2ヶ月後に控えた日本への里帰りと、その際に出かけるグアム旅行。あーーーーー。早く行きたい。そして、もう一つ、気持を盛り上げさせるために考えるのは、6月の家族旅行。こちらは、コフマン一家、総勢9家族でビーチハウスを貸し切るもの。時期的に、海に入るには、まだまだ早い時のバケーションなので、今回は、なんと、9部屋すべてバスルーム付きで、室内温水プール付き、ジャグジーは、2カ所。そして、家の中にエレベーターがあるという、ビーチハウスを予約しました。これだけ書いているだけでも、なんだか気持がほかほかして来たぞ。 これで、なんとかこの寒さをしのごうでは、ないか!! 人間にとって、”希望”とは、心の支えになるのだなあ、と実感です。

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フレデリック

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最近の綾花のお気に入りの本に レオ、レオニーの「フレデリック」、「魚は、魚」、「スイミー」、「インチウオーム」等がある。レオ、レオニー の絵は、貼り絵っぽい物が多く、とても美しい。特に、「魚は、魚」の水彩画っぽい色使いのは、私のお気に入りだ。
この貼り絵手法は、最近では、「はらぺこあおむし」でおなじみのエリック、カールや日本人では、せなけいこさんも、同じような感じだ。エリックカールと言えば、実は、彼は、レオ、レオニーに見初められ、絵本を出版出来る様になったとか。また、せなけいこさんと言えば、彼女の「さかなってなにさ」は、偶然なのか、「魚は、魚」のコンセプトを全く逆にしたものだ。(出版年は、レオ、レオニーの方が、数年早い)  絵本の世界も、なかなか見えないつながりが見えて来て、面白い。 さらに、もっと大胆な発言をしてしまえば、これらの貼り絵手法は、どんどんさかのぼって、マチスのジャズシリーズにも繋がっているのでは、ないか? などと、本格的美術史にまで、顔を突っ込んでしまったりする。

 さて、長ーい前置きとなってしまったけど、実は、今日、レオ、レオニーの代表作3つを、影絵や人形劇などで楽しませてくれるイベントがあって、我が家一家で出かけて来ました。カナダの、ノバスコシアというとても寒い所に拠点をおく、若干3名の劇団によるショーでしたが、これがなかなか見応えがあってよかった。「スイミー」は、プロジェクターを使ったカラー版影絵でしたが、海の中の景色をきれいな色で表しているのは、本と全く一緒で感激。そして、厚紙でつくったネズミを、舞台に設置された石の塀の上で動かして、お話を進める「フレデリック」には、5匹のネズミが登場するのですが、なんと、この5匹のネズミの話をすすめるために、用意したネズミは、40個。それぞれの場面に会わせて、姿が変わっていたり、手足を動かせられる様に、技をきかせたりするため、それだけ必要になるんだそうです。綾花絶賛の「インチウオーム」には、5、6種の鳥たちが登場するのですが、インチウオーム(青虫みたいな物)の目からみた鳥たちという事で、一羽一羽が、超巨大なんです。巨大なスポンジを彫刻家のごとく削ってつくった鳥たちは、驚く程、見事に絵本の絵を再現されていました。 最後に、子供達からの質問を受け付ける時間があり、綾花も人なりに手を挙げていたので、「どんな事、聞きたいの?」と聞いたら、「なんで、こんな時間がかかるの?」(普段、絵本を読む際には、1物語、5分もかからないので、劇になると、一つの話に、なぜこんなに時間を割くのか?という事だ) なんだか、余りにクールな内容にちょっとがっかり。でも、一理あるか。トニーと私は、内心、綾花に質問を与える機会が回って来なかった事にホッとしていた。

マイナス12度

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 気候穏やかな12月だったので、この冬は、楽勝楽勝と思っていたけど、やはりここには、まだ厳寒の冬が存在していたんですね。家の中でも、窓の近くにいると、寒い空気がじわじわ感じられるので、自然と、人間も、犬も、家の真ん中に集まります。ここ数日、気温は、0度を超える事は、なく、冷凍庫状態の日々ですが、なんと、それでも、犬の散歩は、欠かさず、朝晩行っています。不思議ですが、歩き始めると、寒さも、余り感じられず、逆に心地よいくらいです。ただ、雪道で滑ったりするのが怖いのですが。 昨晩は、犬の散歩から帰った後、まだ運動不足だったので、我が家のドライブウエイの雪かきをした後、お向かいさんと、一人暮らしのおばあさんの家のドライブウエイと歩道も雪かきしてきました。
トニーは、寒すぎて、私の気がおかしくなったのかと、ちょっと心配しています。でも、運動すると、こんなに体が暖かくなるなんて、これまで気がつきませんでした。目から鱗の経験です。

冬の週末の過ごし方

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(図書館から直結している駐車場へ行く通路)

 今年に入って、毎週末欠かさず出かけているのが、図書館。もともと本好きのトニーは、1週間に2冊ペースで本を読んでいる。(1冊3、400ページのもの) アマゾンとか、書店で買うことが多かったけど、お金もかかるし、なんと言っても、保存場所を確保する事が無理な状態になりつつあるので、図書館で借りるのが一番なのだ。
 
 我が家では、週末のストーリータイムの時間に合わせて、家族で出かけ、綾花と私がストーリータイムで過ごしている間、トニーは、読みたい本を探したり、図書館の中を歩き回ったり。ストーリータイムが終わった後も、ストーリタイムで出来たお友達と、子供コーナーで綾花は、遊んだり、その間、私とトニーは、下らないおしゃべりをしたり。結構充実した家族の時間が持てたりもしている。寒い冬は、こんな風に週末の時間を過ごしている、我が家であります。

自分自信が変われば、、、、、、

 よく、こんな事思った事ありませんか? 「ああ、なんで私ばかり洗濯しなきゃいけないの、誰か、変わりにやってくれないかなあ」。こんな願いを叶えた、ある女性の手記を読みました。

 きっかけは、その女性の10歳の娘さんの言葉だったそうです。共働きの夫婦で、10歳になる娘さんのいるその女性は、毎日、仕事から帰った後、夕食の準備、片付け、さらに山の様に摘まれた洗濯物との格闘。彼女は、洗濯が大嫌いなので、洗濯の時間になると、ご主人に「あなたが、洗濯してよ!!」と、どなり散らしながら、洗濯物と格闘していたそうです。そんな折、娘さんが、「自分自信の態度を変えなければ、怒鳴るだけでは、何も変わらないのよ」。なるほど、これまで怒鳴って来て、何が変わっただろうか? その言葉に従って、その女性は、その晩から、洗濯をするのを止めたそうだ。さて、その行為に対してのご主人は、「なぜ、洗濯をしない?。」しかし、「なぜって、私、毎日洗濯なんか、やってられないわ。」にでる幕なし。毎日洗濯しないと気が済まないご主人は、あるときから、洗濯をする様になったとか。

 人を動かすのには、直接問いかけるより、間接的に働きかける方が、案外効果的だったりする。特に、私の様に、変化球が得意な子供を相手に子育てをしていると、それは、必要不可欠なテクニックだ。しかし、10歳の女の子がこういう事を言えるって、かなりの関心ものです。

Selfesteem

 ここアメリカでは、教育に関する本など読むと、Selfesteemという言葉を見かける事が、非常に多い。これは、アメリカの教育者の間で、何年か前に、子供達に「自分自身の長所をみいだし、それを尊ぶ」という考えを教えようというところから、盛んに使われる様になったようだ。 ところが、このSelfesteemは、「大きな勘違いをした子供達を認める」という風に乱用された結果、筋の通らない、わがままな意見を、平気で押し通す人間が増えてしまった、という意見が出ている。
 
 Selfesteemの乱用について例を挙げてみると、例えば、数学のテストで、試験は、さっぱり出来ないのに、「彼には、物事をユニークに考える魅力がある」とか言う理由で、良い成績をあげたりと、先生たちが、Selfesteemを認める事を意識するあまり、本来の成績を与える基準を見失ってしまったというようなことだ。こう言われれば、子供は、なるほど、と思うだろう。この勘違いを大きく表しているのが、ある学者が出した統計だ。韓国、アメリカ、中国、(その他数カ国)の同年代の学生に、「あなたは、数学は得意ですか?」という質問をした結果、アメリカの学生の70%近くが「得意である」と答えたのに対し、得意だと答えた韓国の学生は、10%にも満たなかったそうだ。そして、これらの学生に、全く同じ数学のテストをさせた結果、韓国の学生の平均点が、80点以上だったのに対し、アメリカの学生の平均点は、40点程度だったという事だ。これは、アメリカの学生の、自信ばかりあって、身がない事が、実に見事に表れた統計だ。

 こんな事もあって、私は、そもそもSelfesteemという言葉を使う教育機関は、余り信じないことにしていた。しかし、先日インターネットで読んだ、Selfesteemの記事には、非常に良い印象を覚えた。それは、オーストラリアの教育機関が書いものだった。オーストラリアと言えば、コアラとオペラハウスしか思い浮かばない、何とも無知な私が情けないのですが、実は、この国も、かなりの移民大国のようで、Selfesteemに関する記事の内容は、この自国の文化からはなれて育つ、移民者の子供達のアイデンテイテイーをいかに育むか、そして、それがいかに大切かという内容だった。 この記事は、参考になるのと同時に、私自身の子育てについて、意見を投げかけるものでもありました。特に、綾花の日本語使いの危機に直面している今、彼女に育んでほしいアイデンテイテイーとは、なんだろう?と。だけど、これって、考えてもどうにもなる事でもない、という事も、頭のすみにあって、結局、まあ、なる様になるんだろう、ということで、終わらせています。

果たせなかった約束

 
  昨晩、綾花のストーリータイム(我が家では、寝る前の、本読みの時間を、こう読んでおります)は、トニーの係でした。最近、トニーは、綾花の創造力を養うために、本を3冊くらいにして、5分程、色々な会話を楽しんでいるようです。その際、話題が、「車の絵を描く事」となったようですが、もう寝なければ行けない時間だったので、明日の朝食のときに、一緒に絵を描こうと約束して眠ったそうです。 ところが、急遽仕事が入り、会社に6時に行かなければなくなってしまったトニーは、出かける直前に綾花との約束を思い出し、急いで置き手紙を書いて出かけました。 この置き手紙は、目が覚め、トニーがいない事に不服な綾花の気持ちを、すぐになだめてくれる事となった。
「お父さんは、会社に早く行かなければ行けないです。この紙の余白に、車の絵を描いて下さい。love、お父さんより」
と書かれた内容を、何度も何度も読み返して、綾花は、終止、にやにやしていた。そして、学校にその手紙を持って行き、早速クラスメートや先生に、「私は、今日、お父さんから手紙をもらったんだ」とその内容を、何度も何度も読んで聞かせていた。そして、その余白に、車や犬の絵をいっぱい描いて、家に持ち帰ってきた。

 綾花は、神経質なところがあって、約束というものに、異様な執着心を持っている。
なので、私としては、出来ない約束は、絶対しないを心がけ、確実なときだけ約束して、それを守る事に気を使っている。 しかし、時には、守れない事もある、そんな時、今回の様に、守れない事に誠実に向かい合えば、案外それもまた、いい方向にすすむものだと、今日の経験から学びました。

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