マラソンと言えば………
29 5月 2012 コメントする
先週、お友達と畑を耕しながら、色んな話をしたんだけど、その時に高校時代のマラソン大会の話になったの、なつかしっ。
私が通っていた学校はね、皆さん信じて頂けないかもしれませんが、男子は100キロ近く、女子は40キロ近く走るんです。信じられませんよね。実際にそれを行なった私でさえも、友人に話をしている最中、「あら私嘘言っている?」なんて錯覚にとらわれてしまったもの。
という事で、ネットで検索したら、ウキペデイアに出ていました。(出ているもんなんですねえ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/山梨県立甲府第一高等学校
こちらのリンク 5。強行遠足 っていうの読んで下さい。
実際に読んでみたら、色々コースも変わったりしているんですね。2002年の事故の事は知りませんでした。女子生徒が1人,交通事故に巻き込まれてなくなってしまったとか。 実は、私の父も同じ高校の出身なんですが、父の時代は、制限時間内に行ける所まで行ってよしとか 言っていたけど、確かに制限時間24時間の信濃大町コースとかっていう時代もある。ちなみに、私の父はこういうのうんと得意な人だったので、かなりい良い成績を残したと豪語してました。
よって、私が1年の時、参加女子生徒でたった一人ゴ−ル出来なかった事実を知ってしまった日には、お父さん呆れてものも言えない状態でした。この時の私、、、、、周りにある自然に魅惑され、森に入ってはいが付きの栗を拾い、牧場の脇を通れば、牛に話しかけ、、、、、出発からゴールまでの間に数カ所ある中継地点のうち、3カ所目くらいで、制限時間に間に合わずに失格の身となってしまったんです。その後、ボランテイアの方の車に乗せられ、最寄りの駅で降ろされ、そこから電車に乗って甲府まで帰りました。が、恐ろしかったのは、一晩中歩き続けた、前日のお昼過ぎに出発した男子生徒たちが、その電車に沢山乗っていて、皆死にかけた様な顔をしているの。もう戦場に紛れ込んでしまったかと思ったわあ。
この行事は、強行遠足って呼ばれていたんだけど、男子生徒は学校の校庭をお昼過ぎに出発し、八ヶ岳を超え長野の小諸という町まで歩いたり走ったり。女子生徒は、男子生徒のコースの途中の40キロを歩くので、男子生徒が出発した翌早朝にバスで出発地点まで連れて行かれるの。確か4時に学校を出発して、5時半頃出発だった気がするけど。
それでね、ウキペデイアにも綴ってあるけど、女の子は、手作り巾着などのお守りを好きな男の子に渡すのが伝統でね。この中に飴やバンドエイドやメッセージを入れるの。ウキペデイアには、「小諸到着と101回書いた紙を入れる」ってあるけど、これ覚えていないなあ、、、、、私横着したのかしら? そしてね、このお守りの話にはまだまだ続きがあるのだ。ふふ。
見事小諸まで到着した男子は、小諸の近くの臼田という町のリンゴ農家のおばちゃんの畑で取れたリンゴを1個だけもらえるの。これ ”臼田のリンゴ” って呼んでいたんだけどね、お守りをもらった男の子は、そのお守りのお礼に、臼田のリンゴをお返しするの。実は私もね、大好きだった男の子にお守りをあげたら、リンゴをお返しにもらえたんだけど、それが臼田のリンゴだったのかは、未だにミステリーよ。
そしてもっとロマンテイックな裏話はね、女子のコースは、男子のコースの一部を時間差で使うんだけど、この区間に、男子生徒がチョークで路上に、色んなメッセージを残しておいてくれるの。 私1年生の時があんなんだったから、2年生の時は仲良しの友人が、手を引っ張って一緒に歩いてくれていたんだけどね、路上に好きな男の子からの「◯年◯組 佐藤さん頑張れ! ◯◯より」ってメッセージを見つけたら、心が舞い上がってしまって、好意で一緒にいてくれた友人の手を振り払って、それからずーっと走ったのよ。不思議と全然疲れなかった。なんでだろう? で、その年はなんと38番で終わったの、これって奇跡! 全女子学生300人くらいはいたと思うけど。やっぱり、私って単純なのよね。でもこの年は、父も大喜びで、商売客(いまどき、そんな言い方ってある?)にも、かなり長い事自慢していたよ。
懐かしいなあ、、、、、、もう20年以上も前のお話。久々に、笑みのこぼれる日本の思い出と出会えた気がするな。(ほんわか♡)
という事で、我が母校の皆さん、20年も経てばあんなに辛い事も、素敵な思い出になるので、この秋も頑張って強行遠足に勤しんで下さいね。 真夜中の県境辺りで太鼓叩いて応援っていうのは、今も続いているのかしら? それが続いているなら、今度はそれに参加しようかしら?
母の日
14 5月 2012 コメントする
昨日は母の日でしたが、読者で母親の皆さんの母の日は いかがなものでしたか? また、母親でない方々は、しっかりお母さんに ”有り難う” を伝えましたか?
私は母親になって9度目の母の日だけどね、この日は絶対に アメリカにいるべき!っていつも思うの。アメリカ国民って、何かにつけて 「Happy なんとか〜!」って呼びかけが多くて、時にちょっとやり過ぎ、、、、と感じる事もあるんだけどね、母の日は別もの。
綾花がまだ11ヶ月の時、癌の闘病生活をしている父を見舞いに日本に行ったんだけどね、母の日のフライトだったの。そしたら機長さんの機内でのアナウンスの結びが ”ハッピー マザーズデー!” でね、綾花をだっこしていた私は、沢山の乗客の方からも ”ハッピーマザースデー!” って声を掛けられ とても嬉しかった。この時ね、綾花を同伴させて初めて日本に帰った時で、子連れで飛行機に乗るなんて邪魔者扱いされないかしら?と かなり不安だったので、私の感動は数倍。そして機長の粋な言葉と周りの人の温かい言葉のおかげで、不安は一気になくなってとても楽しい空の旅ができました。
昨日は、この地域の公園が主催した、母の日5キロマラソンに参加したんだけど、私が2人の子供(一人は姪だったけど)と一緒にいるとすかさず、”ハッピーマザーズデー!”ってね、知らない人に声をかけられるの。その前の晩もレストランに食事に行ったんだけど ”1日早いけど、ハッピーマザーズデー” ってウエイターさんに言われたり。チャーリーブラウンのコミック漫画に、母の日と父の日をテーマにしたものがあってね、チャーリーブラウンが野球のマウンドで、野球の試合中にこんな言葉を言うの
「今日は父の日だから、ゆっくり野球の試合をしていられるけど、これが母の日だったら、そうはいかないよね」
って。この国は、本当に母の日への思い入れが深い。ラジオでも(家はテレビは視聴しないから分かんないけど)、街中どこでもとにかくだれかの母親であればすかさず、”ハッピーマザーズデー” なの。
木登りの思い出
10 5月 2012 コメントする
私の日課の1つは、1時間の犬の散歩。毎日飽きもせず同じコースを歩いているんだけど、ブレイデイーも毎日飽きもせず、同じ角の匂いをかいだり、同じ木におしっこかけたり、ナンバー2する場所も大体同じ場所。(ナンバー2って英語のスラングで大便のことよ。失礼)
このお散歩コースで通り過ぎる教会は8つ。家の住宅街って本当に沢山の教会があるわあ、って2年以上も歩いている場所なのに、いつもそう思うの。そのうちの1つで、特にとんがり屋根をしている教会が 3日程前から屋根のシングル(アスファルト素材で出来た屋根素材)の張り替え作業を開始したのを機に、その進み具合の確認も毎日の日課に加わったの。(なんだか歳より臭い趣味だね)
今日私がその教会の横を通り過ぎた時はちょうどお昼時、作業員はランチタイムだったんだけど、2人の人がね 屋根の上でサンドイッチを食べていたの。なんかとっても羨ましかった、、、、サンドイッチの事じゃないの、屋根の上でピクニックしている事が。
私、昔木登りが大好きで、親戚のおじさんの庭にある木によく登ったのを、屋根でピクニックしているお兄さんをみてたら、急に思い出してしまった。おじさんの家は山の麓にあって庭には、沢が流れていてそれが途中でちょっとした池になっているの。その沢のちょっと大きめな石を持ち上げると沢ガニがいて、よく捕まえたなあ。私がよく登ったおじさんの庭の木は、大きな幹が敷地からはみ出ていて、塀の向こうの一般道の上を覆いかぶさる様な感じだった。その幹の上に這いつくばって、その道を通る車や自転車に乗っている人を眺めて楽しんでいたの。ちなみに、すごく田舎だったから、その道を通る人も滅多にいなかったんだけどね。
ある夏、おじさんの家の庭に遊びに行ってね(私の実家からは自転車で20分程だったから、よく一人で遊びに行ったの)、いつもの事ながら留守でも、勝手に庭に入って木登りしたの。例の幹の上に這いつくばって通り過ぎる人ウオッチングをしていたんだけど、何十分も誰も通らないの。そしたらだんだん不安になって来て、いつもなら簡単に下りられるのに余りの心細さのせいか、足が震えて下りられなくなっちゃってかなり焦ってしまった。そこに、日本の選挙シーズンではおなじみの選挙カーがやって来たの。あの車って、ハンドマイクでもの凄い大きな声をあげて、立候補社の名前やらを叫んでいるでしょう、だから車の姿は見えなかったけど、その声が近づいてくるのが分かったから、「もうこの人たちに助けてもらう他ない」と、車の姿が見えたら即、選挙カーの騒音にまけないくらい大きな声で「助けて下さーい」って叫んだの。
私を助けてくれたのは、その立候補者、張本人だった。木の上の私に差し伸べてくれた白い手袋をつけていた手は、今でもよく覚えている。私にとっては天使の手のようだったから。 そこへ親戚の叔母さんが帰って来て、立候補社はつかさず自分の勇気ある?救命体験を話して聞かせていたわ。この叔母さんが私の母と思って、貴重な一票をお願いしたのよね、きっと。でもね,、、、、実は、この私を救ってくれた天使の手を持つおじさんは、私の父が後援会をサポートしていた別の立候補者のライバルでね、、、、、叔母さんがこのことを父に話したので、ひどく叱られてしまったの。それもそうよね。
記憶は余り確かでないけど、その経験以降 木登りは卒業したんだと思う。他に木に登った思い出ってないから。その代わり、綾花がね木登り好きなんだあ。4才か5才の時に行ったグアムの写真でも木に登っているし、同じ頃、日本で通った春休み保育で、お迎えに行くと必ず、「今日も綾花ちゃん、園庭の木に登っては、何十分もおりて来ませんでしたよ」とよく言われた。家の近所の松の木にもよく登るから、松やにのしみの付いた洋服がいっぱいあるの。やっぱり、こういうのって血なのかしらね?
祈り
08 5月 2012 コメントする
今朝 5時ちょっと過ぎに目が覚めた。 普段は6時の目覚ましがなってようやく起きると言うのに。歳をとると早起きになるって言うけど、突然歳をとってしまったのかしら? 昨日20年ぶりくらいに、インターネットで再会した高校時代の友人に、『お互い若くはないから,、、云々』と言われたのがちょっとショックだったけど、その暗示にかかってしまったかも。
ショックも程々に、いつもの習慣通り携帯電話でメールのチェックをしたら、友人の日記が更新されているというメールが届いていたので早速除いてみた。私ね、人の日記を毎日の様に読んで、その人の生活を覗き込む様な趣味はないんだけど、この友人の日記は、2月に乳癌と診断されてから自分の気持ちや経過等が綴られているもので、招待した人のみアクセス出来るもの。だから日記というよりは、メッセージなの。実は、今日は彼女の手術の日なんだけど、私が目覚めた頃、手術を行う病院へ出発すると綴られていた。私、これを察して目覚めたのかしら?(決して歳をとったわけではないわよね)
外はまだまだ薄暗い。夕べから続いている降ったりやんだりの雨は、しばらく小康状態のようす。遠くに響く雷の音が嵐を呼びそうな気配。
どんとした重たい空気が漂っていたので、夕べは窓を開けたままねたせいで、隣の公園の大きな樫の木をお宿にしている鳥さん達の賑やかな話し声がとても良ーく聞こえる。この鳥さんたちは、雀かしら? どんな話をしているのか、気になってきた。
私だったら
「今朝は雨が降っているから、もうちょっと寝ていましょうよ」
なんて言うかな、、、、雀の生活は晴耕雨読ではあるまい。
雀たちも癌とかその他の病気にかかる事はあるのかしら?
少し空が明るくなって来た。強くなりかけていた雨脚もいつの間にか遠のいてきた。鳥たちのおしゃべりは一段落。さっきまでは目覚めた後の身支度を整える時間だったのかもしれない。そろそろ朝ご飯を食べに出かけるのねきっと。窓の外をみると、木の葉や芝生の緑が色を増している。夕べの雨の水を含んで夏に近づく準備を直着とすすませているよう。
どうかこの平和な空気が、友人の心も身体もすべて包み込んで下さいます様に。そして彼女の痛みと苦しみをすべて取り除いて下さいますように。
大きなお月さまの夜
06 5月 2012 コメントする
今夜の満月は、楕円をした月の軌道上で、お月さまが地球に最も近づく事によって 通常よりも大きく見えるスーパームーンなのだそう。
私のベッドルームからは南の空が見えますが、夜中の1時をまわった今、窓から青白い月の光が差し込んでいます。スーパームーンに限らず、私はよく月の光を窓から眺める事があるけど、今夜の月が格別明るいのか、大きいのかも分からない、、、、
ただね、毎回お月さまを見る度にね、遠くにいる私の家族も友だちも、何時間か後には、この月を見ることが出来るんだなあ、、、、って思うの。そしてね、 ああ、お月さまが伝言板で、私の伝言を預かってくれたらなあ、、、、なんて考えたりして。
お月さまと言えばね、、、今日、地球が丸いっていう事で、綾花がこんなこと言ってたの。
「地球が丸いってことは、今私がいる場所からひたすらまっすぐ歩き続ければ、また同じ場所に戻ってこられるんだよね?」
たしか、大昔の人は、地球が丸い事を証明する為に、綾花の考えた事を実行したのよね。船に乗ってひたすら西へ向かったって、、、、
私と娘の生まれた時代の違いなんでしょうね、この歳でこういう発想が湧いてくるのは。
私自身の幼稚園時代の数少ない出来事で、鮮明に覚えている出来事の1つにね、この世の最終地点を描いた時のことがあるの。その絵自体はどんなものだったのか忘れてしまったけど、私なりに、この世をひたすら歩き続けると、大きな崖があって落ちてしまうっていう発想を絵にしたことは、鮮明に覚えている。 そして小学生の頃、私達は地球に住んでいて、その地球は丸いって教えてもらった時は、もの凄い衝撃だった。 そんな丸いものの上で、なぜ地球上のものが転がり落ちないのか?って。 それからね、夏の家族旅行で伊豆半島をドライブ中の車の窓から眺めた水平線が弧を描いている事を発見して、自分の想像以上のものがこの世に存在するって知って、感動というか恐れというか、なんだか説明のつかない感覚を覚えたの。
地球が丸いという事は、今でこそ常識であるけど、大昔は、私の幼い頃のような考えが主流だった時代があった。そして、星が動くこと、星と惑星(その当時は惑星という発想はなかったけど)の動きが違う事、お月さまの形が変わって行く事などの天体観測を続けるうちに、地球は丸いのでは? という考えを起こした人の出現。この人は、その当時の宗教観に沿わない理由で火あぶりにされてしまった。その後、長い長い年月をかけて、地球が丸いという発想が常識化される様になった。
”丸い地球” 、、、今では常識的な知識だけど、ここにたどり着くまでには深く長い歴史がある。今夜のお月さまに、地球が丸いという事実に私達を導いてくれた、大昔の学者や賢者たちに ”ありがとう” って伝言を残したい。
弾き納め
05 5月 2012 コメントする
今日は月二回行われる、鈴木バイオリンのグループレッスンの今年度最後の日でした。毎年、年度のはじめと終わりはPlay-Inと呼ばれる全員での合奏になります。
アメリカの学校では、私立は別だけど、基本的に始業式とか終業式ってないから、1年のけじめ,、、っていう感覚が余りないの。でも鈴木バイオリンは日本からやって来たプログラムだけあって、区切りに関してはきっちりしているのよね。それと演奏後、レッスン終了後のお辞儀の習慣も私にはとってもしっくりくるの。綾花もね、普段アメリカ人っぽく振る舞っているけど、毎晩バイオリンの練習が終わると、バイオリンを小脇に抱え、足を揃えて「ありがとうございました」といいながらお辞儀する習慣は、この鈴木プログラウのおかげで、すっかり身に付いているのよ。
バイオリン演奏歴は丸5年だけど、綾花がこちらのプログラムに入ったのは3年前。なので、この5月の弾き納めは今年で3度目なんだけどね、毎回5月の弾き納めには、このプログラム出身でその年に高校を卒業する先輩が訪問して下さるの。今年もそんな先輩が一人、この弾き納めにやって来てくれました。
アメリカでは、人前でのスピーチっていうのは幼い頃から仕込まれるので、その先輩もいきなりだったけど、立派なスピーチを披露して下さいました。彼は、2歳半からこのプログラムに入って13年間続け、プログラム終了後はアクロンユースシンフォニーでバイオリンを弾いて来たそうですが、大学入学を機に、ヴァイオリンの演奏は一時終了し自分の専門の勉強に取り組んで行く事にしたそうです。
このプログラムに参加している子供達には、勉強やクラブ活動でヴァイオリンを続ける事が嫌になる事も何度もあると思うけど、続けた人にしか分からない感動は、何事にも変えられない貴重なものだったので、どうぞ頑張って続けて下さい、、、というとっても貴重なメッセージを頂きました。
私の後ろに、この男の子のお母さんが座っていらして、彼のスピーチに「そうねそうね、色んなことあったわねって」って一人でつぶやいているの聞いていて、私つい涙ぐんじゃった。これって国民性?それとも歳のせい? でもねトニーも私の隣で目頭押さえていたの。同じ価値観を持っている人と一緒に、子供の成長を見守っていけるのってしあわせだなあ、、、って なんかほのぼのとした気持ちになってしまったわ♡
バイオリン弾き納めのテーマだったのに、なんだかおのろけで締めくくってしまって、失礼、失礼。
猫のピアニスト
15 4月 2012 コメントする
in Uncategorized, violin lesson, 家庭学習
鈴木式バイオリン教法を作り上げた鈴木慎一氏が、生前に書いた記事のなかに、「猫のピアニスト」というお話がある。
猫がピアノの鍵盤の上を歩いても音は出る、私達が鍵盤を押しても音は出る。基本的にピアノは、各鍵盤の音が決まっているので、猫が歩いても、人間が指で押さえても同じ音である。では、著名なピアニストが弾く私達の心を魅了する音は、一体どうやって出すのだろう? という話。
今日、この事について、綾花と話し合う機会が持てました。 それは、2週間後に控えているリボンフェステイバル(他校の先生の前で演奏し、評価を頂くプログラム)で弾く曲目を、昨日ピアニストとリハーサルで弾いた際に録音したものを、家族で聞いた事から始まりました。何気なく再生し、しばらく皆で聞いていたのですが、やがて綾花が、
「あれ?これ、昨日私が弾いたやつなの?」
立派なピアノの伴奏付きだったせいで、綾花は、プロが弾いているものと思い込んで聞いていたんだけど、途中で音が外れたのに気がついて、昨日自分が弾いたものだと気がついたんです。 確かに、綾花のこの曲(ビバルデイーAマイナーコンチェルト第一楽章)の弾き方は、イツアーク、パールマンのCDをお手本にしていたので、そのスピードや出だしの切れ味なんかは、その演奏にそっくり。(でも、それも途中までなんだけどね)
「私、これまで自分の演奏を録音で聴く事が余りなかったから、自分がこんなにいい音出して弾いているなんて思ってもいなかった」
と、まあ、自己評価も高々なコメント。でも確かにそう。綾花の音には表情がある。それは、歌を歌う時に使う声色の変化みたいなもので、悲しい表情、威張っている表情等々、それらをバイオリンに歌わせているの。特に先生に習ったわけでもないのに、こうやって色々な表情を出せるのは、天からの贈り物としか言いようがない。そこで、「猫のピアニスト」の話を聞かせたというわけ。 これからは、徐々に自分の音、自分だけが出せる音っていうのを、意識して欲しいという願いを込めて、、、、、
冬休み
02 12月 2011 コメントする
クリスマスバケーションにはまだまだ早いのですが、有休消化の為 トニーは、今日から2週間のお休みをとっています。
今は、カリブコーヒーでお茶を頂きながら、それぞれI-padとI-phoneで好きな事しています。
今気が付きましたが、I-phoneでブログを書くのってかなりのチャレンジなんですね。もう限界っす。
シカの季節でーす
28 11月 2011 コメントする
巷ではサンクスギビング明けの月曜から、シカの繁殖期に伴って、車の走行中のシカとの接触事故注意のお知らせをよく聞きます。
シカは繁殖期に入ると、周りの状況等おかまいなしに雄シカが雌シカを追いかけ回すので、この時期は走行中の車としかとの接触事故の数が非常に多くなるんです。知人から聞いた話ですが、シカとの接触事故を起こすと、もしシカが死んでしまった場合には、シカの死体の始末までもが、接触者の責任とされる為、たいそう面倒らしいです。なので、こういう事態に遭遇したくはありませんよね。
ところで、シカの繁殖期とともにシカ狩りのシーズンも始まりました。今日、高速道路で車を走らせていたら、お隣にこんな車が走っていました。(写真参照)走行中に写したので、いまいちピントがあっていませんが、恐らくシカ狩りでとらえたシカを積んでいる車です。ちょっと可哀想ですね、、、、、ちなみに、一般的に狩りでしとめられたシカは、食用にされるんです。トニーの会社の同僚一家は、6人の子供のいる大家族。彼の家では、毎年シカ狩りでシカを捕らえて、(1猟師につき1頭までしか捕まえられません)食肉用にさばいて、巨大冷凍庫で保管して置くんですって。狩猟民族の血は、まだまだ健在ですね。
9歳児 〜自分探し〜
20 11月 2011 コメントする
ここ数ヶ月、鏡の前に立って 髪を整えたり色んな表情を作ったりして何十分も過ごす事が多くなった9歳の綾花。そろそろ自意識というものが芽生え始め、他人からどのように見られているのか、、、なんて言う気持ちに支配される時期に入りつつあるんだろうな。
こんな最近の綾花を見ていると、ノーマンロックウエルさんの作品「鏡の中の少女」という絵を思い出してしまう。雑誌の中のビビアンリー(多分ね)の写真と鏡の中の自分を見比べている女の子。この子も、綾花と同じくらいの年代なのかしら? この絵の描かれたのは、多分1950年代だと思う。それから60年経過した今でも、綾花ぐらいの年頃の女の子達は、鏡の中の少女と同じ様に、鏡を覗き込んでは、自分ってなんなのか?の不思議な時期を経験している。時代はかわっても変わらないものがあるって、なんかちょっと安心。
そういえば私も、小学校高学年の頃、頻繁に鏡を覗き込んでいた時期ってあったような、、、いやいや中学生になってからだったかな、、、


