綾花が選んだ ベストブック
06 5月 2011 コメントする
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昨日 学校で先生と「もし、どこかの島に流されて、10冊だけの本しか持って行けないとしたら、、、、」という会話をしたということで、家に帰るなり、早速本箱から ベスト10ブックの選出を始めた綾花ですが、、、、、
彼女が選んだのは、9冊。残りの1册は、今の所決められないとのこと。
馬キチな綾花なので、さすがに馬関連の本がいっぱい。しかし、私の予想に反した本というのは、プーさんシリーズだ。この本は、3、4歳の頃から読み聞かせてあげて、5、6歳の頃には自分で読んで楽しんでいた本だけど、このところ、全く触れることのなかった本です。でも、会話の中でプーさんのことが出て来たり、森の散策に行って小川なんかを見つけると、プーステイック遊びをしたりして、プーさんの世界は、綾花の日常の中では、非常に大きな存在であることは確かです。
最近のお気に入りは、ジェイムスヘリオットの動物物語。この作家は、英国のヨークシャーで半生を過ごした獣医さんなのですが、彼が書いた動物シリーズは、文学的にも非常に高い位置にある所。彼の作品の中から、子供にも親しみが感じられるものを抜擢して絵本仕立てにしたものが綾花のお気に入りの1冊です。ジェームスヘリオット世界への入り口として、また単なる動物愛好家としても価値の高い1冊だと思います。
日本語で書かれた本は、強制されない限りは避けて通る綾花なので、日本語の本などは、絶対選ばないだろうな、、、、と思っていたら、意外や意外。『モモちゃん』の本も選ばれていました。 小さいももちゃんは、ももちゃんが赤ちゃんの時からの成長過程を描いた、ももちゃん成長日記の様な本です。5、6分程度で読み切れるエピソードが10数編入っています。綾花ぐらいの年になると、子供がだだをこねている姿を見て、「面白い」と笑いながせる様な感じですが、赤ちゃんモモちゃんが、だだをこねたり、反抗したりするエピソードを読みながら(私がね)、「綾花も小さい時、こんな風に駄々こねたねえ、、、」なんて昔話を持ち出したりして、自然に自分自信を客観的に受け入れられる経験をさせてくれる本ですね。自分で読む気は、全くない様ですが、聞いていて心地の良いお話ということで、選ばれたんだと思います。
サドルクラブ読書完了
29 12月 2010 コメントする
夏休みの終了間近に、E-BAYで購入した、『サドルクラブ』という乗馬クラブで芽生えた、3人の女の子の友情物語をテーマにした物語、約70冊の読書が この度完了しました。この4ヶ月は寝ても覚めても、このシリーズの本に夢中でした。お見事! さてさて、次は、どんな本を読みましょうかね。
Fall Hiking Spree Pinywoodの巻き
24 10月 2010 コメントする
in books, Fall Hiking Spree'10
久々に、Fall Hiking Spreeのトレイルを散策してきました。今回私たちが挑戦したのは、Pinywood 訳して 松林 という、2マイルのトレイルです。このトレイルは、家族全員はじめてなので、どんな風景に出くわすか、全く未開のトレイルです。
本日は、トレイルのシンボルマークとトニーが一緒に記念撮影です。カッシャッ!!
ただ今この地域は、紅葉の真っ盛り。トレイルの小道は、色とりどりの葉っぱでちりばめられています。
時折、イニシャルや名前、簡単なメッセージを刻んだ木をよく見かけました。この公園は、結構密集した住宅地の真ん中になるので、こういう事したがる盛りの、若い子供達もよく利用するのかな? それは、木だけが知っているんですよね。(ちょっと詩的?)
高さ1メートル弱の切り株の中です。何度か、狸のものらしきウンチを見かけたのですが、こういう穴に住んでいるんですよね。覗き込む時も、狸が飛び出してこないか、おそるおそるのぞいてみました。
今日の綾花は、空から降ってくる落ち葉キャッチに大忙し。ハイキングにかかった時間の2/3は、空を見上げていたのではないでしょうか?
トレイルの名前が ”松林” と言っておきながら、前半は 松の木1本見かけませんでした。結局 後半ほんの少しだけ、松林になりました。でもこの、黄金に輝く森、あまんきみこさんの書かれた、「きんのことり」という本を思い出させるこの光景に、しばしうっとり。
ハイキングの途中、公園管理の人が乗ったトラックに遭遇。小回りが利いて、パワーのあるこのトラックは、日本のクボタのトラックです。
このトレイルは、今まで挑戦した中では、一番長い2マイル(約3.2キロメートル)。かかった時間は、1時間半。綾花の落ち葉キャッチと緩やかながらも長く続く坂(上り下り両方)で、想像以上に時間がかかりました。でも、秋の美しい紅葉を満喫出来る素晴らしいトレイルでした。
星とたんぽぽ
22 9月 2010 コメントする
in books
青いお空のそこふかく
海の小石のそのように、
夜がくるまでしずんでる、
昼のお星は目にみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。
この夏、とても素敵な詩に出会いました。金子みすゞという女性が書いた「星とたんぽぽ」。1930年26歳の若さで自らの命を断って以来、忘れ去られてしまった彼女の残した宝の数々。1980年代に山崎節夫という詩人によって、これらの詩(童謡)が私たちに読まれる様になったという。
日本から買ってきた金子みすゞ童謡集の「わたしと小鳥とすずと」の中で一番心に響いた「星とたんぽぽ」。50年もの間、読まれる事なく海の底にそっと沈んでいたんですね。”見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。”本当にそうでした。
Love in a Time of HOMESCHOOLING
09 9月 2010 コメントする
綾花をホームスクールしようと考え、この夏はあれこれ手探りで、自分自信を教育しましたが、その中でも特に、私が共感をもって楽しく読ませて頂いたのが、この本。
“Love in a Time of HOMESCHOOLING” A Mother and Daughter’s Uncommon Year by Laura Brodie
ホームスクールを経験して推奨する人の書いた本は、彼ら独自の素晴らしい教育法を書き綴ったり、親子関係の絆や子自然の流れのなかで生まれる子供達の自立心など 理想的な内容が綴られているものが多い印象を受け、余り読む気にもならなかったのですが、この本は、1年限定のホームスクールで失敗と挑戦が交互にやってくる、母親の奮闘記とでも言い換えてもいい位、理想とは程遠い、けれども非常に現実味に溢れた内容だったので、読んでみることにしました。(英語で書かれた本は、やはりある程度の覚悟がないと、読めないのが現実です。)
最初の1章、ホームスクールを実践する子供の背景を読んで、思わず笑ってしまったのは、この子供、モンテソーリのプリスクールを経て公立校へ入った時点で、学校に馴染めなかった事、そして母親の独断で、バイオリンを習っている事。「これって、私のこと?」って思わず、隣でイヤホンをしながらラップトップコンピューターで映画を見ているトニーのイヤホンを外して読ませてしまいました。
ホームスクールをするきっかけは人様々だけど、これまで私の中では、宗教的な理由で一般的な学校教を受けさせたくない人、家がど田舎にあって、学校までスクールバスに60分以上も乗らなければいけない、そういう人たちかな?なんて思っていたけど、色々調べてみると、10人10色の事情が見えてきました。この著者の場合は、いつも夢見がちな子供が 時間を区切っての教育についていけず、また学校の宿題の量の多さに圧倒され 4年生の春、異様な行動を起こし始めた事がきっかけでした。母親は、この行動を真摯に受け止め色々考えたあげくの、1年限定のホームスクールでした。この本が私にもホームスクールに踏み切る勇気を与えてくれたのですが、特に心に残ったのが、「1年だけなら、私にだって出来る」という著者の言葉。 期間限定で、何をしたいのか、がはっきり見えてきたところで、それまでの不安な気持が一転、明るい未来に変わったのを覚えています。
結局のところ、我が家の教育事情は、意外な形で夏の終わりに解決の道に至り、綾花は恐らく彼女の人生で最後の1年になるであろうモンテソーリ教育を受けるため、新しい学校に通い始めました。新しい学校といえども、モンテソーリ環境は変わらないので、やっている内容はこれまでと同じで、その環境内にいる人間模様が変わったというだけ。人間と関わるよりは、動物に囲まれていた方がずっと心地いいという、この著書のお子さん程ではないけど、綾花は、まず自分がやりたい事が満たされるのが先決で、そこから社交が始まるので、新しい学校での出だしもスムースな感じ。(まだ、そういうには早いかな?)
さて、この本の感想ですが、これまで学校選びが、教育の選択と思っていたけど、家庭で出来る事(特に子供が幼いうちは)、親だからこそできるカスタム教育って、こんなにあるんだなあと思わせてくれた、楽しい本でした。
めくるめく脳の世界
16 5月 2010 コメントは受け付けていません。
ここ数年私の興味の対象は、”幼児心理”と”脳の発達”。言葉に書くと非常に堅苦しそうで、近寄りがたい印象があると思うけど、子育てをしている私にとっては、非常に生活に密着した面白いものです。
先日、とある友人と脳の話で大変盛り上がりました。そもそも、「脳の話をしましょう」なんて言って始めた会話ではなく、友人がこぼした愚痴について話していたら、いつの間にか脳の発達に結びついたという事で、その友人も、我が身と結びついているその脳の状態を垣間みる事で、大きな刺激と感動を覚えたと言う。
現在、私が苦労しながら読んでいる1冊が、Endangered Minds by JaneM. Healy, ph.D.という本です。世界的に子供達の学力低下が著しい現象を、子供の脳の発達とメデイア(テレビ、ビデオゲーム等)を結びつけて論している内容ですが、テレビッ子だった私にも身に覚えのある様な問題点が色々書かれていて、かなりショックを受けています。私がかつてこちらの大学で、論文の作成に苦労したのは、英語の壁とばかり思っていましたが、実はそれ以前の、文を分析的に読解、整頓する能力不足であったという事実が浮き彫りになりました。(涙) これって、まるで体脂肪率を計ってショックを受ける感覚と似ています。しかし、こうして自分自信の脳の中身を知る事で、せめてこれから若干でも 脳を発達させるために何をどのようにしたら良いのか、少しは分かった様な気もします。
昨今の脳の研究では、大人になってからでも脳(前頭葉)の発達は可能だという報告も出ているので、そのような研究結果を有効に生かすべく、日頃のダイエットと脳の発達は心がけて行きたいものです。
数学的コンセプト
10 5月 2010 コメントは受け付けていません。
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現在、家の娘ちゃまは7歳で小学校2年生。学校のお勉強も、そろそろ基礎学習(算数で言えば数字や簡単な計算、国語で言えば、アルファベット、大文字小文字などの基礎知識、簡単な文の組み立て、文法の基礎知識)も終盤に差し掛かり そろそろこれらの基礎知識を応用しはじめる時期にさしかかってきた様に感じられます。
そんな娘ちゃまが最近、読み入って(見入って?)いる本が、これ☟安野光雅 著 の はじめてであう数学の絵本のシリーズ4冊のうちの2冊、「じゅんばん」「せいくらべ」。
こちらは☟「じゅんばん」の中の1ぺーじ。”何番団地の何階の右から何番目の家には、テレビがあります”。といった手順で、位置を言葉で表すコンセプトを何気なく紹介してくれています。そこで、「お花が飾ってある家はどこですか?」とか「何団地、何階、左から何番目の家には、なにがありますか?」などと、問題を出し合って遊ぶ事もできます。その他、劇場の座席の位置を言葉で分かりやすく説明出来る手順など、一見難しそうなコンセプトを、子供が興味を引きそうなイラストで、紹介してくれています。
こちら☟は、「せいくらべ」の中の1ページ。形の違う容器に入っている水の量を比べるための解決策を、単純な説明と明確なイラストで説明してくれています。「せいくらべ」といえども、この本は ”計る” コンセプトを分かりやすく説明した絵本です。
私個人の意見ですが、私は、幼い子供に計算速度を養う様な公文式は、おすすめ出来ません。8、9歳くらいまでの子供の脳は、小脳の回線を延ばす時期といわれ、この時期に、計算を早める様な事ばかり行なうと、一定の刺激のみ与えるだけで、回線が伸びないと言われています。また、計算によって数学の問題を解決するという考えも定着する可能性も大きく、創造的な考えが苦手になってしまう可能性もある様に思えます。8,9歳の子供達は、それまで集めた知識を、手探りで応用に変え始める時期です。そんな時期に、「はじめてであう数学の絵本」を楽しんでいたら、中高校生になった際に取り組む、抽象的な数学の問題解決に役立つ 貴重な絵本の様に思います。
おいしい夕食
06 5月 2010 コメントは受け付けていません。
最近、色々考える事が多く、あっという間に時間が経って、夕食の支度が手につかない。なので、夕食の食卓での会話も余り弾まず、なんだかぼんやりした空気が漂いがちの我が家です。
ところが昨日の事、いつもの様に いやいや〜だらだら〜と夕食の準備をしていたら、綾花が、「今日は、ポーチでご飯をたべようよ」と言いだした。でも、ポーチの家具はなんだか土ぼこりっぽく、食べる気がしないよ、と言ったら、「じゃ、私が掃除してあげる」と言って、掃除機を持って来た。そこで、絨毯の掃除機掛けから始まり、ぞうきんがけやスポンジを石鹸水に浸して、机の脚を磨き、それなりにきれいにしてくれたので、ポーチで夕食をとることにした。
食事のメニューは、たいしたことのないものだけど、やはり外で 春のさわやかな風を感じでご飯を食べるのって本当に美味しい。「今日は、綾花が一生懸命、ポーチの掃除をしてくれたから、おいしいご飯が頂けて、感謝だわ〜」というと、満足そうに笑っていた。
で、時折、テーブルにハチのお客様がやって来たのでしたが、このハチ達、木製のテーブルに空いている穴に入って出てこない。多分2センチ程の厚みのある木製のテーブルの中に、蜂の巣を作ったようです。私たちの食事時間約40分の間に8匹の蜂が入り、1匹も出てこなかったので、かなり大きな巣が、私たちの食事をしているテーブルの下にはびこっているらしい。
Dr.スーズコレクションの中にHorton Says Who? という本があるのですが、なんだか、私たちの昨日の状況もこれに近い感じで、同じ時間に同じ場所に存在しながら、全く違う世界の中で生きていることの、不思議さを感じてしまいました。
さて、この机、今年は処分するつもりでいるのですが、このハチ達の運命はどうなる事でしょう?
自分の為に
19 4月 2010 コメントは受け付けていません。
先週 木曜、金曜と学校を自主休校という事で、綾花を休ませました。何でも、多くの生徒と教員が、嘔吐と下痢の症状が48時間つづくというものにかかり、父兄の判断によって、休校させてよいと言われたからだ。我が家では、このところ綾花の嘔吐に関しては、もう十分過ぎるくらい経験しているので、検討する事なく休校に決定です。
そこで、金曜には図書館へ行って、久しぶりに本やDVDを借りて来ました。そのうちの2つ。私と綾花が個別に選んだ「Vitus」と「 Little Rat Makes Music 」が、全く同じテーマを取り上げていたんです。なんと気の合う母娘。(いやいや偶然なんだろうけど、、、、、)
Vitusは、数年前の映画です。いわゆる神童と呼ばれる子供と親の関係、そしてその子供の成長を描いた物ですが、実に興味深い。子供にピアノの才能の兆候がみられると、自分の仕事をやめ、その子に係っきりになる母親。でも、子供が最も尊敬するのは、空を飛ぶ事に熱意を費やしながらも、質素な生活を送るおじいちゃん。余りに頭が良すぎて、親をだましながら、普通の子供時代を送る事を決めるこの男の子、、、、うーん、うなりました。本当に、こんな子がいるんでしょうか?
で、何がテーマかって? そうそう、母の為にピアノを弾く事に嫌気がさし、ピアノを弾けなくなった様に演技をするこの天才小年ですが、結局は、弾きたかったんです。それは、自分自信の為に。そして、かつて面会を許された、伝説的なピアニストが言った「あなたが、自分自信の為にピアノを弾く準備ができたら、私のところへ来て演奏してちょうだい。」この言葉通り、かれは、この伝説ピアニストに会いに行きました。自ら飛行機を操縦して、、、ちなみにこの子、設定では12歳です。こんなのありなんですか?!とサケビタクなる粋な設定の連続に、もう、たまげましたですよ、ほんとに。
そして、綾花の選んだ1冊。こちらは、お母さんに連れられて、ヴァイオリンを習う幼い子供。ヴァイオリンを弾く事は好きだけど、練習が大嫌い。どこのご家庭でもありがちな話題です。
そこで、このネズミのヴァイオリンの先生が、お友達の猫ちゃんと、デウュエットを弾く事をすすめる。デウュエットは、2人の息が合わないときれいな音楽にならないので、自然と責任感がでるのですが、なんと、ネズミと猫ちゃんは、リサイタルで一緒に弾くことになった。そこから、ネズミの大きな決心が固まる。なんとしても、この演奏を成功させよう!と、、、、そして練習していくうちに悟ったんです。自分は、先生にしかられるからでもなく、母を喜ばせるからでもなく、猫ちゃんを残念にさせたくないからでもなく、自分の為に弾いているんだ!と。そうなると、練習は苦痛なものでなくなり、充実したものに変わって行きました。そして、クリスマスのリサイタルでは、見事、2人の演奏は大成功となりました。
楽器の演奏に限らず、色んなことについて、子供達は成長する過程で、疑問を持つと思う。「私、なんで漢字やんなきゃいけないの?」「 割り算なんか、何の役にも立たない。」(いやいやそんな事ないんですがね)とか、、、、そんな時のキーワードですよね。成績の為でもない、親の名誉の為でもない、、、、自分の為にやるんですよ!! ま、言うだけなら簡単ですがね、、、、、
歓びも 哀しみも
15 1月 2010 コメントは受け付けていません。
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『絶望の虚妄なること、まさに希望に相同じい』
『喜びもなく、亦、憂いもなし』
気違い沙汰されたドンキホーテが死床で、自分のやって来た事がいかに馬鹿げていた事と気がついた時、それまで、彼を気違い沙汰して来た人々は、懸命に彼の行なって来た行為を肯定する。
悪天候、休校、娘の体調不良等重なって、家にこもっている時間が多いこのごろ。こんな時は、これまで視界に入っていながら、なかなか開く覚悟の出来なかった本を読もう!って気になる。
私の通う地元の図書館の日本語コレクションから借りて来た 遠藤周作の「生き上手、死に上手」、知人から長い事借りたままでいる 茨木のりこの詩集「倚りかからず」、何年も前から読んでいるのに、なかなか終わらせられない「ドン、キホーテ」。読むとなったら、3冊同時にというのが、私の変な癖。でも不思議なのは、3冊の内容が、何となく共通している事。文学は、(音楽でもなんでもそうだけど)読み手の心理や経験、その時の感情で訳されるので、皆私なりに解釈しているからって事もあるんだろうけど、、、それでもなんだか不思議な感覚です。
そういえば、作曲家、ヴァイオリニストのフランツ、クライスラーの曲にも「愛の歓び」「愛の哀しみ」という2曲があった。
本日の読書感想でした。















