やっぱりアメリカ人
08 12月 2011 コメントする
今日は、綾花の学校の2学期の中間成績の報告に合わせ、担任との懇談が行なわれました。2学期?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、綾花の学校では、1年を4学期に分け、各学期の中間時点で、担任との懇談が行なわれます。一般的に公立校は、皆こういう風に区切っているのかしら?
懇談は、First comes, First serve. (早く来た順)ということで、有休消化の中のトニーと共に、授業終了時を見計らって即、学校入りしたのでしたが、教室の入り口の名簿には、既に2人の名前が記入されていました。(世の中、上には上がいるのだ)。それでも前回の15番目よりはずっといい! 前回は、綾花のヴァイオリンのお稽古の時間に間に合いそうになかったので、トニーだけが懇談に臨んだこともあって、今回はどうしても私も参加したかったんです。
まずは、事前にオフィスで受け取っていた2学期のこれまでの成績表を先生と確認して、学校生活や友人関係で気になる点等あるかどうか聞かれました。これまでに学校の事でネガテイブな事は何も聞いていないので、その旨伝えると、一昨日のサイエンスの授業の話題になった。その日は、前日の宿題で答えがはっきりしない問題について、クラスの意見が二つに分かれ、それぞれの答えを出した子供達の討論会みたいな事が始まったという事だ。なぜその話題が出たのかというと、不正解の答えを弁護するグループの代表格が綾花だったということです。その問題は、
「はかりの上に水の入った水槽がのっています。この水槽に指を入れたら、はかりの重さは変わるでしょうか?』
というもので、これは宿題に出されていたものだったので、綾花はトニーと共に悩んだあげく、実際に家のはかりとで、実験したのでした。その結果は、重さは変わらなかったので、「変わらない」という結論を出しました。それでも納得いかなかったので、2人は、スプーンを入れたり、あめ玉を入れたりして色々実験していました。スプーンやあめ玉では重さが変わったので、結論として、水の底に沈んではかりの表面についた状態になったから、重さに変化があった、と言う事にしました。
このような実験をしたので、綾花にとっては、水槽に指を入れても重さは変わらない、という回答に非常に自信を持っていたのですが、この問題の文章を良ーく読むと、水の入った水槽の重さと、その水槽に金魚を入れた重さは、後者の方が重いという説明書きが、先にされていました。普通に考えても金魚は、水中に浮いている訳で、指を入れるのも同じ状態なんですよね。 この問題は、論理的に物を考える癖を身につける為のもので、実験して結果を得るのでなく、書かれている文面から、都合のあった回答を導く事が重要なんだと、先生は綾花に説明された様ですが、どうしても引き下がれず、目に涙を貯めてながら自分の実験の結果を何度も何度も説明したと言う事です。
一昨日の晩、そういえば、「お父さんと実験でやってみた事は、何の意味もなかった。」とふてくされていた様な、、、、そしてトニーは、「実際にそうだったんだ、先生の答えが間違っている!」と言い返していましたが、今日先生と話をしてみて、今やっているこのサイエンスの勉強は、ある意味、事実ではない事もあるんだけど、そういう物の考え方を身につけさせる為の訓練という先生の話を聞いて、トニーも納得してました。私は?というと、最初からこの問題には関わってないので、他人事であります。へへ
それにしても、今日の懇談で驚いたのは、何でもかんでも「私が、私が!」というアメリカ社会の中で、そういう事を滅多に言わないので定評のある我が娘が、自分が納得して出した回答の弁護になったら誰よりも強く訴える、という事実を知って、やっぱりこういうところ、アメリカ〜ンなのね、、、、、とちょっと感激しました。こういう自己主張は、私は、大賛成です。